カテゴリー「#今月の読書」の44件の記事

2012年5月19日 (土)

2012年4月の読書 その1

乱読気味な月でした。

※読書順、敬称略です。

○読書<新読>   

アンのゆりかごー村岡花子の生涯 著:村岡 恵理(新潮文庫)
隣之怪~蔵の中 著:木原 浩勝(角川文庫)
黒沢明という時代 著:小林 信彦(文春文庫)
丘の一族 著:小林 信彦(講談社文芸文庫)
東州しゃらくさし 著:松井 今朝子(幻冬舎文庫)

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「アンのゆりかごー村岡花子の生涯」

戦争へと向かう不穏な時勢に、翻訳家・村岡花子は、カナダ人宣教師から友情の証として一冊の本を贈られる。後年『赤毛のアン』のタイトルで世代を超えて愛されることになる名作と花子の運命的な出会いであった。多くの人に明日への希望がわく物語を届けたいー。その想いを胸に、空襲のときは風呂敷に原書と原稿を包んで逃げた。情熱に満ちた生涯を孫娘が描く、心温まる評伝。(「BOOK」データベースより)

自分たちの時代は、「赤毛のアン」、そしてモンゴメリー、と言えば村岡花子氏でした。「小公子」「小公女」は、後から氏の訳だと知りました。

著者は村岡花子氏の孫です。

幼い時に家族と別れてカナダ系女学校で寄宿生活をおくったこと。
慎ましやかな反面、全てをなげうって、愛を貫いたこと。
関東大震災の悲劇。
ステップファミリーを築いたこと。

教師であったモンゴメリーの生涯と重なる部分もありました。

氏にこのような経験があったからこそ、「赤毛のアン」が訳され、出版に至ることができたのだ、ということが、移り変わる時代の雰囲気とともによく伝わってくる、面白い伝記でした。

微妙な部分は残された手紙を掲載するのみで、推測を読者に委ねる手法は、効果的であるとともに、キリスト教を貫いた村岡氏のお身内である著者の慎ましやかな配慮を感じました。

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「隣之怪~蔵の中」

小学校の夏休み、父の実家の蔵からは、夜になると宴会の声が聞こえた。しかしその晩、大人たちは早く寝たという。翌日の夜、楽しそうな声に誘われて蔵の扉を開けたところ…。蔵にまつわる恐ろしくも哀しい話(「蔵の中」)。自宅で娘の遺書を発見した妻が倒れた。暖かい部屋にいるのに、恐ろしいほど体温が下がっている。そして妻の口から驚きの言葉が…(「白い息」)。恐怖と感動が絶妙にブレンドされた、怪談シリーズ第2弾。(「BOOK」データベースより)

「新・耳袋」シリーズとは一線をかくし、因縁話を解禁したシリーズの第二弾の文庫本化作品です。

う~ん。因縁の部分がちょっとくどかったです。(大汗)

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「黒沢明という時代」

世界のクロサワ”の全作品を、戦時中からリアルタイムで見続けてきた著者が描く、名監督の栄光と挫折、喜びと苦悩。そこには、時代と格闘した映画作家としての黒澤明がいた―。『姿三四郎』『生きる』『七人の侍』から晩年の作品まで、最もストイックでヴィヴィッドな視線を投げかける、小林信彦の黒澤論。 (「BOOK」データベースより)

頑強な巨体に恵まれたこの監督は、<しみじみと老いを描く>ことに向かない気がする。(本文より)

クロサワ、というすでに多くの人によって語られている人物の評論を、氏が、多くの時間をさいて書き上げたのは、リアルタイムで見続けた人間の記録として残しておきたい、という思いもあったから・・・
氏の、東京の「下町」にこだわる想いに連なる作品です。

「自分の舌しか信用しない」(本書「あとがきに代えて」のタイトル)

裏付けをとった証言しか採用しないこと、そして自分が経験したこと、思ったことしか書かないという、氏のポリシーを貫いた評論です。当たり前のことのようですが、そうでない「評論」は多いと思うのです。

鋭い洞察と的確で平易な文章。
推論を重ねて砂上の楼閣を作り上げること忌み嫌う姿勢。
氏の評論家としての天賦の才を存分に感じることのできる作品を、また一つ読むことができました。

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「丘の一族」

『オヨヨ島の冒険』に始まる笑いと諷刺の作品群、『冬の神話』に刻まれる小林信彦の原点、多彩な作品は著者の鋭い批評精神に支えられ、独得の世界を構築する。敗戦直後の日常を、東京下町に生れ育った中学生の“眼”をとおし捉えた「八月の視野」、戦前の下町の風情を彷佛させる遊び人・清さんを主人公に描く「みずすましの街」、ほかに表題作及び「家の旗」。著者自選。傑作中篇小説四篇。 (「BOOK」データベースより)

昭和30年代のはじめ、就職難の時代に大学を卒業した青年の屈折した思いを描いた表題作、「丘の一族」は短篇集「決壊」(講談社文芸文庫)に収められている「息をひそめて」と表裏一体をなす作品です。
「家の旗」は自分の代で手放した老舗に対する思いが、「八月の視野」は集団疎開での過酷な経験によって痛めつけられた少年の心が描かれています。
いずれも、作者の経験から生まれた一連の作品群と連なるものです。
一番創作らしい構成なのは「八月の視野」でしょうか。

以上三作品は自分の中にある空洞を見つめるような暗さが漂うのですが、ラストの「みずすましの街」だけは少し色合いが違い、飄々とした後味が残りました。

時代の流れや大人の都合に翻弄されて傷ついているばかりではなく、一方で映画や舞台、特に人並み外れて笑いに敏感な小林少年の姿が、ほのかに見えるような作品です。

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「東州しゃらくさし」

江戸へ下ると決めた上方の人気戯作者・並木五兵衛。一足先に行って様子を報せてほしい──。頼まれた彦三は、蔦屋重三郎の元に身を寄せる。彦三に自らを描かせた蔦屋は、顔の癖を容赦なくとらえた絵に息を呑む。彦三の絵を大きく仕掛ける肚を決めた蔦屋。一方、彦三からろくな報せのないまま江戸へ向かった五兵衛には、思わぬ挫折が待っていた──。(カバーより)

実在の歌舞伎狂言の立作者、初代 並木五瓶(1747?1808)と、謎の浮世絵師としてあまりにも有名な東洲斎写楽(活躍期:寛政六~七年)を絡ませ、当時の歌舞伎の興行の有り様を生き生きと描いた作品です。

どんな人物が写楽だったのか、という謎をテーマした作品やドラマは何作か読んだり見たりしてます。その中でも本作は無理がないように思いました。
まず、上方歌舞伎の作家、並木五瓶が江戸に下ったのが寛政六年(1793)、というところに目をつけたことのがうまいというか、すごいです。
ですので、当時の風俗描写の巧さも相まって、ある人物が「写楽」になる過程がスムーズに納得できました。ひょっとしたら本当にそういうこともあったかもしれない、と。

役者を含めて、実在の人々が多数登場するので、先月読んだ「悲劇の名門 團十郎十二代」と首っ引きで読みました。
歌舞伎に造詣が深い著者ならではの作品で、読み応えがあり、面白かったです。

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2012年4月23日 (月)

2012年3月の読書 その2

身辺バタバタで、アップするのがすっかり遅くなりました。

今年の桜はすぐ散ってしまったような気がします・・・桜の咲いている期間はその時の自分のタイム感とリンクするのかもそれません。

※読書順、敬称略です。

○読書<新読>   

平安朝の生活と文学 著:池田 亀鑑(ちくま文芸文庫)
平家の群像ー物語から史実へ 著:高橋 昌明(岩波新書)
悲劇の名門 團十郎十二代 著:中川 右介(文春文庫)

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「平安朝の生活と文学」

豊かな国風文化を育んだ平安時代、その担い手だった宮廷の人びとはいったいどんな生活をしていたのか。本書は、『源氏物語』や『枕草子』などの文学作品をはじめ、さまざまな古記録を博捜し、当時の行事や日常を復元する。後宮の制度や宮仕えの動機から、住宅事情、食事と食べ物の種類、結婚と風習、懐妊と出産、美意識やその表現、美人の条件や教養、はては誤楽、疾病、医療、葬送、信仰などにいたるまで明らかにした、平安時代の女性生活百科の名著。国文学専攻の教師や学生はもとより、広く古典文学愛好家必携の書。通読するだけでも、当時の生活が澎湃として眼前に立ち現れる。 (カバーより)

今から六十年前に書かれた本の復刻版です。
「王朝女性に焦点を当てた生彩あふれる小事典」(解説より)。

文庫用に書かれているので、細すぎないところが素人には読みやすいです。
古典の時間にこの本が副読本としてあったら、もっと古典に親しめたかもしれません。

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「平家の群像ー物語から史実へ」

「賢人」重盛、暗愚な宗盛、「運命の語り部」知盛、こころ弱き人維盛―。それぞれ『平家物語』の描きだしたイメージでよく知られる平家の人びと。しかし「実像」はどうだったのか。当時の貴族社会や合戦の現実に目配りしつつ、人物それぞれの動きを丹念に追うことで、新たな「史実」が浮かびあがる。歴史研究の醍醐味を味わえる一書。  (カバーより)

著者は大河「平清盛」の時代考証をしている人。

清盛という巨星の元で母の違う子供たちがどのように出世したか、清盛が死んだ後どのような運命をたどったか。

普通は妻の出自で跡目が決まるのですが、清盛は自分が忠盛の正妻、宗子の長子ではないのに棟梁になったためか、自分も正妻の長子ではなく、亡き妻の長子を跡継ぎにした。
そのために、微妙な陰影が生まれたことがわかりやすく書かれています。

また、滅びた一族のために、平氏自身による正式な記録が残っていないことも知りました。
残っているのは、平氏が盛んだった時にそのことを快く思わない貴族の日記か、源氏の世になってから書かれたものがほとんど。
王家・・・院と張り合ったわけですから、鎌倉幕府が倒れた後も悪者。
朝廷を押さえ込んだ徳川家は源氏を称していたから、江戸時代でも悪者。
明治以降は当然。
天皇家と源氏を敵に回しては、再評価される機会はないも同然だったんだなぁ、と改めて思いました。

「平家物語」のフィクションの部分に、正史には残れなかった平氏に対する庶民の哀悼が込められていると思うと、切ないです。

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「悲劇の名門 團十郎十二代」

三百五十年にわたり歌舞伎界をリードしてきた市川宗家。十二人の團十郎はいかなる人物だったのか?舞台で刺殺された初代の血塗られたエピソード、「劇聖」と呼ばれる九代目の苦悩…。華やかな芸とスキャンダルに彩られた血筋を描く。 (カバーより)

何となく、購読。

歌舞伎はほとんど知らないので、たくさんの團十郎・・・だけでなく勘三郎、幸四郎、菊五郎などなどが登場してきて、初めは混乱しましたが、家系図とにらめっこして読み直し、團十郎各代の個性、大事件が起きたのはいつか、などは何とか整理できました(汗)。

何故市川宗家が特別なのか。
それは、他の家が養子などで継がれているのとは違い、初代から十代目まで、役者の天分を持った血筋が続いたため、一種神格化された・・・ということだそうで、知らなかった~。

「暫なぞ、荒事よわくては悪し・・・」で始まる五代目の家訓が興味深かったです。

傲慢さは、家訓なのだ。 
<中略> 
そして (十一代目海老蔵は) 批判された。時代が違うといえばそれまでだ。 


(本書より。かっこ内は主語がわかりやすいように書き加えました。)

なるほど。

十二人の團十郎たちが、多少のゴシップ性を保ちながらも節度を保って書かれているので、歌舞伎を全く知らなくても面白かったです。

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2012年4月14日 (土)

2012年3月の読書 その1

「三島屋変調百物語」シリーズが新書化されているのに全く気がついていなかったので、慌てて買い求めました。
みをつくしシリーズは待望の新作(^^)

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※読書順、敬称略です。

○読書<新読>   

おそろしー三島屋変調百物語事始 著:宮部 みゆき(新人物ノベルス)
あんじゅうー三島屋変調百物語事続 著:宮部 みゆき(新人物ノベルス)
夏天の虹―みをつくし料理帖 著:高田 郁(角川春樹事務所 時代小説文庫)

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「おそろしー三島屋変調百物語事始」

ある事件を境に心を閉ざしてしまった17歳のおちかは、江戸の神田三島町で袋物を商う叔父夫婦のもとに預けられる。裏庭の片隅にひっそりと曼珠沙華のひと群れが咲く秋のある日、叔父・伊兵衛は、おちかに来客の対応をまかせて出かけてしまう。来客の相手をすることになったおちかは、曼珠沙華の花を怖れる客の話に次第に引き込まれていく。そして、伊兵衛の計らいで次々に訪れる人々のふしぎ話は、おちかの心を溶かし、やがて彼女をめぐって起こった事件も明らかに…。 (カバーより)

「霊験お初捕物控」シリーズを引き継ぐと思われるシリーズ。

お初が捨て子で身元がはっきりしないままだったのですが、おちかの過去はしっかり書かれています。
その過去が、人の心の闇が、おちかを苦しめる、というのが発端で、全五話の連作短編でもあり、五話目で一応の解決が書かれているので長編とも言えます。ぼんくら同心の平四郎シリーズと同じような形式です。

どろどろした感情、異次元世界の描き方など、まさしく宮部さんの世界でした。

家守はまた登場するのでしょうか・・・

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「あんじゅうー三島屋変調百物語事続」

一度にひとりずつ、一話語りの百物語の聞き集めを始めた三島屋伊兵衛の姪・おちか。 彼女のもとに不思議話を携えて様々な人がやってくる。 ある日、おちかは本所亀沢町の手習所<深考塾>の若先生・青野利一郎から 「紫陽花屋敷」と呼ばれる空き屋敷にまつわる不思議な話を聞く。 それは、<深考塾>の大先生である加登新左衛門・初音夫婦と、 草鞋に似た真っ黒な固まりである暗獣<くろすけ>との 交わりであった。 人を恋ながら、人のそばでは生きられない<くろすけ>とは……。 表題作をはじめ4話収録。(カバーより)

三島屋シリーズの第二弾です。
こちらは1話づつ独立した短篇集です。
そのためか前作よりさっぱりとした読後感でした。

第四話「吠える仏」だけは救いの少ないどろどろ系でしたが、エピローグですとんと落ちていて、それこそ厄落としをしてくれています。
少年が救われる第一話「逃げ水」、怪をトリックとして使いつつ、ほんの少し本当の怪をちらっと見せる「第二話「藪から千本」も面白かったですが、やはりくろすけの登場する第三話「あんじゅう(暗獣)」は、前作の化け物屋敷譚の印象そのものをミスリードとして使った切ない話で印象に残りました。
若先生こと青野利一郎や新太の寺子屋仲間の悪ガキどもも登場しますし。
新太の友達の悪ガキ三人組のひとりが「良介」というのが気になります。

その他にもお勝など新しいレギュラーも登場。
前作ではいい感じになりそうだった清太郎は、若先生の登場で影が薄くなりました。

続編の「三島屋変調百物語参之続」 はオール讀物で連載中。本としてまとまるのが楽しみです。

その前に「ばんば憑き」も読まなきゃ。こちらは文庫化もしくは新書化されるのはまだもう少し後になるだろうから、買うのはその時として、まずは図書館に行ってみようかな・・・

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「夏天の虹―みをつくし料理帖」

想いびとである小松原と添う道か、料理人として生きる道か・・・・・・澪は、決して交わることのない道の上で悩み苦しんでいた。「つる家」で料理を旨そうに頬張るお客や、料理をつくり、供する自身の姿を思い浮かべる澪。天空に浮かぶ心星を見つめる澪の心には、決して譲れない辿り着きたい道が、はっきりと見えていた。そして澪は、自身の揺るがない決意を小松原に伝えることに―――(第一話「冬の雲雀」)。その他、表題作「夏天の虹」を含む全四篇。大好評「みをつくし料理貼」シリーズ、〈悲涙〉の第七弾!! (カバーより)

前作「心星ひとつ」に続いてさらに追い込まれていく澪が描かれていて、一喜一憂しながら一気に読んでしまいました。
わずかな希望も消え、料理人としても危機を迎え、そしてなんとあの人が!・・・好きなキャラだったので悲しいです。
ここがどん底であって欲しいなぁ・・・

でも、澪には気の毒ですが、逆境に陥れば陥るほど感情描写、情景描写ともに密度が濃くなって、読み応えが増しているかも・・・いやいや、次回作ではぜひ、新たな希望を描いて欲しいです(^^;;

半年に一冊のこのシリーズ、作者の取材のため次は1年後になるそうで、ちょっと残念ですが、楽しみに待ってます。

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2012年3月22日 (木)

2012年2月の読書

春の日差しと、温度の落差で、真冬より寒く感じられる今日この頃。

遅くなりましたが、2月の読書です。

ポワロのTVシリーズを観て、クリスティーの作品を再読したりしていたので、あまり進みませんでした。
3月はミス・マープルシリーズが放映されるので、またまた停滞するだろうなぁ。

※読書順、敬称略です。

○読書<再読> 

鴎外 闘う家長 著:山崎正和(新潮文庫)
父親としての森鴎外 著:森 於菟(ちくま文庫)
鴎外の子供たちーあとに残されたものの記録 著:森 類(ちくま文庫)

森鴎外とは。

本名、森林太郎。夏目漱石と並ぶ文豪と称される。(wikipediaより)

森鴎外の作品は「山椒太夫」「高瀬舟」「阿部一族」「舞姫」「百物語」など、読んだことがあります。
作品よりむしろ鴎外その人に興味を覚えて購読した作品です。

ドイツ語を自由に操り、近代日本文学をリード、文壇で重きをなす一方で、陸軍軍医総監・陸軍省医務局長まで勤め上げた、というだけでも今では信じがたい存在であるとともに、親族のほとんどが何らかの形で文学に関わった稀有な一族の長でもあります。

文壇史や12月に読んだ「慶応三年生まれ七人の旋毛曲り」(坪内 祐三)、1月の「一族再会」(江藤淳)などの流れで、この、明治・大正期の代表的作家の評伝、記録を再読してみました。

いずれも今のところ絶版になっているようです。

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「鴎外 闘う家長」

挫折しないことの不安におびえながら、国家と共に至福の青春を生きてしまった森鴎外が、一切の社会的名声を拒否して死に至る凄絶な生涯。外的な役割も帰属の場所も信じられず、さりとて「子」の立場にも安んじることのなかった彼が、自己の内面の空虚に耐えた秘密とは何だったのか?
作家の生活と作品のあいだを照射して、近代知識人論に画期的視座を提起する記念碑的評論。(裏書より)

私生活の部分は、主に鴎外の妹で星新一の祖母である小金井喜美子の著作及び長男、於菟が整理した資料及び於菟自身が見た鴎外像を参考にしているようです。

鴎外自身が実際どういう人だったのかはわかりませんが、著者の構築した鴎外像は非常に明確で、思わずタジタジとなるほど粘っこく力強いパワーで描かれています。

著者の構築した鴎外とは。

まず、鴎外の15年後に官費で英国へ留学し、西洋文化と心理的格闘の末、改めて日本独特の「近代文学」に向かった漱石、私費で留学し、漱石とは対照的に西洋社会に快活に適合した生活を送った上で、西洋文化に抹殺されようとしている江戸文化を血肉とした荷風、そして鴎外より少し年上の年代、すなわち幕末に青春をおくり、脱藩という形で故郷(くに)を捨てた人々と比較しています。

思えば、日本が近代国家として形成されたあの特殊な二十年に、みずからの青春を完全に重ねて生きたのが鴎外とであったといえる。(本文より)

大人しい、養子だった父に代わって、幼い時から森家の将来を担うべく期待され、多少の逸脱はあれども、近代文壇には珍しく、家族全てに愛情細やかな父であり続けた人物。

年少の身であえて「家長」の役割を引き受けようとした「天性の庇護者」(解説より)

しかし、その愛は。あたえ続けるのみ、という「父性的」なもので、相手からあたえられる愛を無意識のうちに拒んでしまうようなもの。「父」ならともかく、こういう夫を持った妻は、いかなる心境になるか。
愛を、影響と言い換えてもいいかもしれません。

「多くの師には会ったが、一人の主には遭はなかつたのである。」(本作中で引用されている「なかじきり」の一部分)

「なんでもないことが楽しいように」生きることであり、「日の要求を義務として。それを果たして行く」生き方の徹底
~中略~
彼はこういう生き方を理想とはしても、現実にはそれに満足し得ない自分を嘆いていた。永遠の夢のなかに「青い鳥」を求めて、それが見つからないことにいらだっている自分を嘆いていた。

~中略~
しかし、振り返って見て感慨深いことは、結局、鴎外はこの「青い鳥」なしに、生涯の終わりの日々を素手のまま生き抜いたのであった。(本文より)

父として、夫として、人としての苦悩を赤裸々に反映した作品を残して。

遺言書は「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」

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「父親としての森鴎外」

森於菟は鴎外の長男であり、母は鴎外と離別した先妻である。於菟は、祖母によって育てられ、のち日本の解剖学の権威となる。その於菟が綴った鴎外一家の歴史と真実。一家の柱としての鴎外と父としての鴎外と人間としての鴎外を活写して余すところがない本書は、第一級の資料であると同時に、深く感動をよぶ一個の人間記録である。 (裏書より)

複雑な生い立ちというフィルターを通しての父の姿。

すなわち、母(於菟の祖母)と絶望的なまでに反りの合わない年若く美しい妻、茂子(志け、とも)の間に立って苦慮する鴎外を描いて、また、鴎外に「舞姫」のモデルとなるような女性の存在を明かしたことで有名な著作です。

前妻の子であり、かつ祖母側の人間である於菟もまた、継母にとっては鴎外の愛を奪う存在として敵視されたようです。
そのため、妻の機嫌を損なうことを恐れる鴎外は、広いとは言え同じ屋敷内に住みながら、於菟とはほとんど会わなかったようです。
ですので、於菟が父と密接な時間を過ごしたのは、日清戦争後から小倉のへの単身赴任までの、於菟、数えで六才から九才までの三年半ほどなのですが、だからこそ良き印象が残ったのかもしれません。知的で抑制の利いた文章の中に込められた、父への愛情が惻々と伝わってきます。

父の心には学問に対する愛情がその大部分を占めている。女の真情を解せぬではなかろうが、己の全部を与えるべく女はあまりにも小さい。女への父の愛情は従って人形に対するようなものになる。(本文より)

これが、於菟から見た両親の関係です。かと言って、茂子を嫌っていたわけではないようです。というより、嫌うとか、憎むとか、そういう積極的な感情が動かなかったのかもしれません。そのような激しい感情の動きを自分の中に起こすことを厭う人柄のように感じました。

鴎外の死後は、仲睦まじく、というわけにはいかないまでも、まだ幼い子供を抱えた継母が苦労なく生きていけるように権利を守って配慮したそうです。

とは言え、於菟の書いた一連の文章が、あまり愛想のいい女性ではなかった茂子の、悪妻説に拍車をかけたことは確かでしょう。

於菟の生母と異父妹の、幸せだったとは決して言えない短い生涯も、淡々と書かれています。
鴎外と生母、登志子の結婚はお互いにとって不幸としか言えないものでした。しかし、その結果生まれたのが自分であるということを、事実は事実として、科学者の目で捉えていたのかな、と推測したりしました。

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「鴎外の子供たちーあとに残されたものの記録」

鴎外の子供たち―於莵、茉莉、杏奴、類。みなそれぞれ、強い個性を持ち、父親を愛し愛されていた。しかし兄姉間の仲は、そううまくはいかなかった。妻志け、子供たちを取り巻く不協和音。明治の文豪のプライヴェートな部分を末子の目が捉えた貴重な書。(裏書より)

於菟の一連の禁欲的な著作とは対照的に、奔放な作品です。

「役所勤めを持ち、創作活動も続ける鴎外が、一人一人の子供にこうもまめやかに惜しみなく愛を以て接し続けたという事実に、驚きを深くせざるを得ない。子供たちは各自、父親の愛を公平と思い、茉莉はなおその上、万全の平安とも言えない家の中が鴎外によって平穏に保たれているのを見て、キリストにも似た偉き愛とを感じたのである。」(解説より)

於莵ですら、鴎外に愛さていた、という記憶を持っているのですから、本当に驚くべきことです。

著者、森類は、鴎外の残した遺産で、戦争で何もかもがなくなるまで、三十すぎまで働くことなく生き、四十を過ぎて独立して書店を開業するも、十年後、鴎外住居後に文京区によって鴎外記念図書館が建てられることにともなって閉店、その後は不動産管理を主とする悠々自適の生活を送り、八十才で亡くなりました。

経歴だけ見ると、鴎外の遺産を一番享受した幸せな人だと思うのですが、その割には劣等感の塊で、他人を素直に受け入れられないひねた感性の持ち主。

人とはちょっと違う感性の持ち主だからこそ書けたのでしょう。
普通の人ならここまで赤裸々に、かつ文学的に一家のことは書けません。この作品を書いたがために、仲の良かった姉たちと絶縁状態になったそうで、その顛末も書かれています。

劣等感の由来のひとつは、偉大すぎる父を持ったことはもちろんですが、東大の医学部を出て教授となり、子供たちも皆優等生、という出来のいい異母兄、於莵、父に長く溺愛され、お嬢様の風格を持った茉莉、機敏で人間的魅力に恵まれた杏奴(と、思っている)と自分を比べてのことでしょう。

落第生で、画家としても身を立てれなかった、ま、ぶっちゃけ言って、落ちこぼれで甘えん坊の末っ子です。
落第生になってしまったのは、働かなくてもいい、という境遇のためかもしれません。

自分を庇護してくれた次姉、杏奴を愛し、結婚すると水臭くなったと恨む。
父母の関係を冷徹に描かれたお返しなのか、父は兄には興味を持っていなかった、と、於莵の存在をバッサリ斬りつつ、父を亡くした自分たちを置いて家を出ていったことを、父に代わる家長の役目を降りたと言って恨むかと思えば、戦後、ほとんど接点がなかった異母弟の世話を嫌がらずに見てくれる兄に、父の面影を見て、懐かしむ。
その時々の感情を素直に書いたと言えば、そうなのですが、相手の事情などおかまいなく、実に自由にすねたり甘えたり。正直言って、ちょっといらっとしたりしました。

しかし、偉大な夫を亡くし、悪妻という評判にさらされて・・・性格的なこともあって血縁的にも精神的に孤立無縁となった母と、美しき姉たちとともにひっそりと日陰で生きる著者の若き日々は、風景描写にこだわる文体と相余って、まるで幻想小説のような味わいがありました。
本当とは思えない生活です。いや、生活しているとも言えないようなあやふやな日々。

作品から漂う毒気に当てられて、文学には有名な茉莉、杏奴、そして叔母にあたる貴美子の作品を読む気力がなくなったことを覚えています。

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なお、父親としての鴎外像を追う、という主旨からはそれますが、この類の作品と、貴美子の夫で、鴎外の友人、東大教授小金井良精の孫である星新一の「祖父・小金井良精の記」を併せて読むと、鴎外と「舞姫」のモデルとなった女性の顛末、そして於菟の若き日の煩悶がより立体的に見えてきます。

おそるべし、森一族。

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2012年2月25日 (土)

2012年1月の読書 その2

※読書順、敬称略です。

○読書<新読>   

あすなろ物語 著:井上 靖(新潮文庫)
幼き日のこと・青春放浪 著:井上 靖(新潮文庫)
わが母の記 著:井上 靖(講談社文芸文庫) 

井上靖氏の自伝的小説を読んでいる間に、氏原作の「わが母の記」が映画化され、この春公開されることを知りました。

映画オフィシャルサイト

原作では「私」である役所広司さんが演じる主人公の名は、「しろばんば」「夏草冬涛」「北の海」の主人公、伊上耕作となっているようです。

映画を見に行くかどうかはまだ決めていないのですが、話題に乗って(汗)、氏の自伝的な小説や生い立ちについてのエッセイ集を、続いて三作読みました。

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「あすなろ物語」

天城山麓の小さな村で祖母とふたり土蔵で暮らしていた鮎太少年が、多感な青年時代を経て新聞記者となり、終戦を迎えるまで。
ひとりの人間の少年期から青年期までの成長の過程における感受性の劇を、六つの物語に謳いあげた青春小説。(本書裏書より)

「しろばんば」以前に書かれた連作短篇集です。
小学生、中学生、大学生、記者時代。
ストーリーはフィクションですが、作者本人の生い立ちや経歴、その時々の気持ちのありようがモチーフとして使われています。
戦前の記者時代の経験をベースにした「春の狐火」が印象的でした。

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「幼き日のこと・青春放浪」

両親の許をはなれて、血のつながらない祖母と送った伊豆湯ケ島での幼年時代ー茫漠とした薄明の過去のなかから鮮やかに浮かび上がるなつかしい思い出の数々を愛惜の念を込めて綴った「幼き日のこと」。
ほかに、沼津から金沢・京都と移り住んだ学生時代を"文学放浪"の視点から描いた「青春放浪」、影響を受けた人物、書物、風土など自由な感慨を交えつつ回顧した「私の自己形成史」。(本書裏書より)

こちらは小説ではなく、随筆集です。
「幼き日のこと」は、作者の思い出のどの部分が、どのようなフィクションを交えつつ「しろばんば」などの自伝的長編に反映されたのか。舞台裏を見るようで、興味深かったです。
三部作ではほとんど描かれていない父との数少ない思い出も書かれています。
物心つく前に離れた生誕の地、旭川への思いとともに、若き日の母への幻想に似た思いを描いた挿話もありますが、やはり、祖母との思い出が幼き日のほとんどを占めていることが、精緻な自然描写とともに書かれています。
「青春放浪」では、「夏草冬涛 」「北の海」に登場する友人たちのモデルになった人々に触れられています。
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「わが母の記」

80歳の母を祝う花見旅行を背景にその老いを綴る「花の下」、郷里に移り住んだ85歳の母の崩れてゆく日常を描いた「月の光」、89歳の母の死の前後を記す「雪の面」。
枯葉ほどの軽さのはかない肉体、毀れてしまった頭、過去を失い自己の存在を消してゆく老耄の母を直視し、愛情をこめて綴る『わが母の記』三部作。〈老い〉に対峙し〈生〉の本質に迫る名篇。ほかに「墓地とえび芋」を収録。

父は生きている、ということだけで、子供を死から庇っている。
父が亡くなる、ということは、死と自分との間がふい風通しが良くなること。次は自分の番。それは親子の愛情の問題ではなく、生き物の摂理として。
しかし、母が生きている間は、死の海面の半分は母に依って遮られていた。

その母が亡くなるまでを、疲労しながらも、老いる、ということを考察しつつ見つめる作者と作者の家族たちを、抑制の効いた、さえざえとした文章で綴った作品。
実際はもっと修羅場だったのかもしれませんが、このような端然たる文章で描くことで、作者の、母と母を見届けた人たちに対する労りの思いを表したのではないだろうか、とも感じました。

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2012年2月18日 (土)

2012年1月の読書 その1

もう、2月も中旬(汗)。遅くなっちゃいました。

※読書順、敬称略です。

○読書<新読>   

一族再会 著:江藤 淳(講談社文芸文庫)
大阪文学名作選 編:富岡 多恵子(講談社文芸文庫)
北の海 著:井上 靖(新潮文庫)

○読書<再読> 

しろばんば 著:井上 靖(新潮文庫)
夏草冬涛 (上) 著:井上 靖(新潮文庫)
夏草冬涛 (下) 著:井上 靖(新潮文庫)

以下、読んだ順です。緑色のタイトルが新読、茶色のタイトルが再読です。

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「一族再会」

一族の生き方を言葉の世界に招集する名篇。早く死に別れた生母を思い求めることに始まり、一族の生き方を、時代・社会・歴史とのかかわりにおいて把え言葉の高い緊張の世界を構築した江藤淳の感動の名篇! (amazonより)

著者の作品は初めて読みました。
著者については、夏目漱石の研究で有名、歴史や海軍関係の著書も多数、雅子妃の縁者。そして論客として何だかちょっと怖い人・・・というくらいの知識しかありません。

「(前略)私が、生きているのはなぜだろうか。この問題はもちろん簡単には答えられない。しかしおそらく私は、自分から剥落していった行ったものを言葉の世界に換び集めようとして生きているように思われる。」(本文より)

著者から剥落していったものとは、幼くして死に別れた母の記憶、母の姑、祖母の若き日の姿、そして生まれる前に亡くなった曽祖父、祖父の生き様。
彼ら、自分の一族を「言葉の世界」に招集してみようと試みた、一部自伝を含んだ一族の歴史です。

「父方、母方の父祖にそれぞれ提督を持つ」(後書き参照)ことは初めて知りました。
血の繋がりはありませんが、雅子妃の曽祖父、山屋他人を含めると、そうそうたる海軍一族です。

祖父、江頭安太郎の若き日を描いた日清戦争の海戦を描いたパートには「私」は登場せず、ドキュメントな小説になっていますが、それ以外は「私」を通じて、一族の歴史を探りつつ、考察しつつ描いています。特に母に纏わる部分と、母方の祖父の生まれた地を尋ねる最終章の後半は、著者の魂が彷徨するがごとくで、印象に残りました。

1999年7月21日、鎌倉市西御門の自宅浴室で剃刀を用い、手首を切って自殺、66歳没。妻の葬儀のあとのことで、自身も脳梗塞の後遺症に悩んでいた。ライフワークであった『漱石とその時代』は、数回を残し未完に終わった。妻の闘病生活を綴った『妻と私』を残し、続く『幼年時代』も未完に終わった。(wikipediaより)

本書を読み終わった後、この記事を読んで、粛然としました。

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「大阪文学名作選」

西鶴、近松から脈々と連なる大阪文学は、ユーモアの陰に鋭い批評性を秘め、色と欲に翻弄される愛しき人の世をリアルに描く。川端康成「十六歳の日記」、折口信夫「身毒丸」、宇野浩二「子の来歴」、武田麟太郎「井原西鶴」、織田作之助「木の都」、庄野潤三「相客」、河野多惠子「みち潮」、野坂昭如「浣腸とマリア」、小野十三郎「大阪」(抄)、山崎豊子「船場狂い」、阪田寛夫「わが町」(抄)の名品十一。 (amazonより)

宇野浩二、武田麟太郎、織田作之助など名前は知っていても作品を読んだことのない作家の作品が編纂されているのに惹かれて購入しました。

落語のまくらのように戦前の大阪の街をスケッチした、阪田寛夫「わが町」(抄)、悲しくもそこはかとないユーモア漂う、庄野潤三の「相客」、昭和前期のモダニズムを哀感を持って描いた、河野多惠子の「みち潮」、ミステリーのような味わいがある、宇野浩二の「子の来歴」、筆圧を感じる、武田麟太郎の「井原西鶴」。
船場の人間になりたいという執念に囚われた女性を、粘着質でありながら醒めた文体で描いた、山崎豊子の「船場狂い」。
大阪は上町台地を巡る記憶を描いた、織田作之助の「木の都」。なんというドラマがあるわけではないのですが、世界に引き込まれました。
祖父の最期を記録した、川端康成の「十六歳の日記」は、一部、先月再読した巌谷大四「懐かしき文士たち」に引用されていました。

などなど。個性と力のある作品ばかりで、日本語の奥深さを感じました。
それぞれの作家の作品を個々にもっと読んでみたい、と思わしてくれる、アンソロジーです。

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「しろばんば」

曾祖父の妾だったおぬい婆さんに育てられる洪作。本家の人々、離れて暮らす両親など複雑な人間関係のなかで、大人たちそれぞれの思惑を受けとめながら、それに翻弄されないような人生の知恵を、洪作は子どもなりに身につけていく―。幼い日の魂の成長を投影した、井上靖の自伝的小説。(amaaonより)

「大阪文学名作選」を読んで、少し前の日本語で書かれた小説が読みたくなり、中学生くらいに読んだ本書を何十年かぶりに再読しました。
他の作品でも良かったのですが、SFとかミステリーなどトリッキーな話ではなくて、時代を感じさせるもので、読んだ後に落ち込まないもの、ということで、何となくセレクトしました。

日本文学名作百選、というようなイベントやランク付には必ず入っている作品です。
映画も見た記憶があります。さき子叔母が亡くなった小説では前半にあたる部分で終わっていたと思います。←検索をかけて調べたら、あっていました。

何分にもかなり以前読んだので、海あり山あり、温泉地にも恵まれた伊豆が舞台、という記憶が先行してしまい、何となく明るい印象が残っていたのですが、今回読み直して、洪作の性格がかなり複雑なこと、その洪作の目を通して描かれる風景、人間関係すべてにほの暗い影が漂っていることに気がつきました。

この作品では、洪作の、主に5才くらいから12才までが描かれています。
感じやすくて、頑固で、容易に人を信じようとはしないがために人見知りな上に、頭が良くてプライドが高いのに、劣等感も持っている、まあ、可愛げのない子供です。
親戚にこんな子がいたら、さぞかし扱いに困ったろうなぁ。
しかし、それが故か、"洪作"のどこかに、鬱屈した自分を見、共感というより洪作になりきって読み進めるのかもしれません。

そんな感想とともに。
限りなく平明な文章かつ最低限必要な表現で、洪作の複雑な心のひだと、彼の見た風景が目に浮かぶように描かれていることに、思わず襟を正す思いがしました。

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「夏草冬涛 」(上下)

両親と離れて暮す洪作が友達や上級生との友情の中で明るく成長する青春の姿を体験をもとに描く、『しろばんば』につづく自伝的長編。(新潮社HPより)

「しろばんば」を読み終わった後、洪作のその後が知りたくて、続けて読んだのですが、内容はほとんど忘れてしまっていました。ですので、新鮮な気持ちで読めました。

中学に進んだ当時は学年でもトップクラスだったのに、浜松から沼津に転校したのち、両親という重石がないせいもあって、勉強をする、という努力を全くしなかったために、すっかり劣等生になってしまう洪作。
可愛げがないのは相変わらずで、劣等生になってしまってからは、ますます人の言うことを素直に聞かなくなってしまいます。

上記HPに書かれてある内容説明「明るく成長する」というのは、あまり当てはまらないと思います。基本的に、洪作は、洪作のままですから。
彼を取り巻く友人たちも、それぞれどことなく暗い影を持っています。
一方で、文学に親しむ高等遊民的な"不良"の先輩たちとの触れ合いは、憧れを持って描かれているので、明るいかもしれません。
大正から昭和にかけての、中等学校の雰囲気ってこんな感じだったのかなぁ、と想像しつつ読むのは楽しかったです。

「しろばんば」が、祖母を亡くした洪作が卒業と同時に湯ヶ島を旅立つ、という劇的な終わり方をしているのに比べると、描かれている期間が中学三年生から四年生の1年間、と短いこともあり、悩める中学生のまま、これからどうなるの?というところで終わってしまうので、ちょっと物足りないかもしれません。

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「北の海」(上下)

幼少期から祖母に預けられ、家庭の雰囲気というものを知らずに育った洪作は、高校受験に失敗し、ひとり沼津で過ごす。両親がいる台北に行くべきだという周囲の意見をかわし、暇つぶしに母校へ柔道の練習に通ううちに、「練習量がすべてを決定する柔道」という四高柔道部員の言葉に魅了され、まだ入学もしていない金沢へ向かう。―『しろばんば』『夏草冬涛』につづく自伝的長編。 (amazonより)

「夏草冬涛」の続編ですが、落ちこぼれの友人たちがいなくる一方、高等遊民的な先輩たちが級友になっているなど、耕作の友人たちの設定が微妙に変わっています。

浪人しても少しも焦ることのない、相変わらずな耕作は、周りの人々だけでなく、読者をも、いらいらやきもきさせます。と、ともに、本気で人のことを心配し、叱り続けるには、なんとエネルギーのいることか、とも。皆、親と離れてくらす耕作のことを心配するも、所詮は他の子、あれこれ言うだけ。その中で、中学の化学の教師、宇田のみが、最後まで、真剣に耕作のことを心配し、行動を起こします。最初は飄々と接しているも、徐々に本気になっていく宇田と、その気持ちを少し暑苦しく感じる耕作の気持ちの動きがスリリングでした。

また、柔道の練習試合のシーンは、柔道のことなど全く知らない自分でも目に浮ぶがごとく、克明、的確かつスリリングな描写で、思わず引き込まれました。
解説にも書かれていましたが、視覚的な描写が素晴らしいです。

この作品も、浪人時代の1年間、という短い期間しか描かれていませんが、最期は旅立ちで〆られていますので、三部作を読み終わった、という満足感は得られました。

「夏草冬涛」もそうでしたが、なんらショキングな事件が起こるわけでもなく、普通の青年の1年間の日常のみを描いていての、文庫の新装刊では上下巻となる長編ですが、耕作の、影はあれども、基本的に健全な心の揺れに一喜一憂し、全く厭きることがありませんでした。

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2012年1月21日 (土)

2011年12月の読書 その2

※読書順、敬称略です。

○読書<新読>   

慶応三年生まれ七人の旋毛曲り 著:坪内 祐三(新潮文庫)
決壊 著:小林 信彦(講談社文芸文庫)

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「慶応三年生まれ七人の旋毛曲り」

幕末維新の動乱まっただ中の慶応三年。夏目漱石、宮武外骨、南方熊楠、幸田露伴、正岡子規、尾崎紅葉、斎藤緑雨ら七人は皆、この年に生を受けた。若くして成功する紅葉と露伴、悩める漱石と子規の友情、不敬罪で投獄される外骨、早熟な緑雨の恋愛観、海外に飛び出した熊楠―膨大な文献を手がかりに、七人の瑞々しい青春と明治初期という時代の姿を鮮やかに浮かび上がらせる力作評論。第17回講談社エッセイ賞受賞作。 (amazonより)

文壇史繋がり(「2011年12月の読書 その1」参照)、加えてタイトルに惹かれて、何気に購読しました。

「懐かしき文士たち」シリーズの著者、巌谷大四氏は文学者一家の生まれでしたが、この作品の著者、坪内祐三氏もそうそうたる一族の生まれです。
巌谷氏が50才を超えるまで編集実務に携わったのに対して、実務もしくは学閥にとらわれない、フリーな活動をしておられるようです。

著者がふと、上記の七人が同じ年、しかも翌年が明治、という歴史の境目の生まれであることに気がつき、それを取っ掛りとして明治文壇史を描こうと“試み”たエッセイ・・・”試みた”、とかっこで括ったのは、「途中で飽きてしまって」(あとがきより)、明治の半ばまでしか書かれていないからです。
そのため若くして亡くなった正岡子規、尾崎紅葉、斎藤緑雨が元気なうちに終わっているので、明るい印象は受けました。一方、夏目漱石はまだ、作家にもなっていない(笑)。

著者の明白な意図によって選ばれた(当然ですが)、彼らと彼らの周囲の人々が残した文献の合間に、時代の流れと風俗、そして自身の感想が書き込まれています。
この感想が、フリーランスな人らしくかなり癖があるというか主観的ですので、ちょっと邪魔に感じるかもしれません。ええっと、自分は、邪魔でした。すみません。
著者と同じ感性を持っている人には面白い作品だと思います。

多数引用されている正岡子規の書いた新聞記事が印象に残りました。

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「決壊」

優しさを押し売りする若者を痛烈に批判する中年のディスク・ジョッキイ、テディ・ベア(「金魚鉢の囚人」)、雨もよいの逗子のリゾート・ホテルを舞台に、抑制のきいた文章で綴る鬱屈した人々の一夜(「ビートルズの優しい夜」)、一九六〇年代から八〇年代の“現実”を描き、漂うように生きる主人公たちの心に蟠っている信じきれぬものを抽出。ほかに表題作、「息をひそめて」、「パーティー」の傑作五篇。 (amazonより)

未発表の表題作「決壊」を含め、その後の「東京少年」「日本橋バビロン」「流される」などに繋がる、私小説的な作品を集めた短編集です。

えっと、まず。「金魚鉢の囚人」を「優しさを押し売りする若者を痛烈に批判する」と解説した上記の文はちょっと違うような気がしました。年を経て、なおも第一線で働き続ける中年の疲労感と屈折感が漂っていて、「痛烈」という言葉が当てはまるシーンはひとつも見いだせませんでした。

「東京少年」(新潮社)の直後、学生の時に父に死なれ、老舗だった店をたたんだ著者の境遇と心境が描かれた「息をひそめて」、その後、隠れ場所、そして防塞としてのための栖を確保すべく買った家と新婚生活を描いた「決壊」。
「ビートルズの優しい夜」「パーティ」は創作ではありますが、創作者の宿命とでも言うべき事柄・・・自分の想像力が疲弊しているのではないかという危機感と、発表の場に恵まれない鬱屈感に加え、著者が幼い頃から持ち続けてる人嫌いの面が、私小説より赤裸々に描かれています。

自分の半生を、視点を変えつつ、いくどもいくども繰り返し描くことで、次第に自分自身の真芯に迫ろうとする小林氏の試みを、これからも追っていきたいと思います。

ちなみに、解説は、全くの偶然ですが、今回一作目に挙げた「慶応三年の~」の著者、坪内祐三氏でした。

しかもこの二冊、同時に買ったのです。こんなこともあるんですねぇ。

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2012年1月14日 (土)

2011年12月の読書 その1

文壇史関係が多かったです。
これが、実によく眠れる(汗)。
ですので、今月も多くは読めませんでした。

※読書順、敬称略です。

○読書<再読> 

懐かしき文士たち~大正篇 著:巌谷大四(文春文庫)
懐かしき文士たち~昭和篇 著:巌谷大四(文春文庫)
懐かしき文士たち~戦後篇 著:巌谷大四(文春文庫)
物語女流文壇史 著:巌谷大四(文春文庫)

買ったのは大分前。時々読み返しています。いずれも絶版になっているようです。

尾崎紅葉らの同人として作家生活をスタートしたのち、創作のみならず、アンデルセンを初めて日本に紹介した、児童文学のパイオニアと言われる巌谷小波氏の子息であり、鎌倉文庫などの編集者として作家たちと交流があった著者だからこそ書けたエッセイ風文壇史。
文献を集めただけでなく、父や自身が遭遇したエピソードが豊富です。裏返すと著者もしくは著者の父が親しく接した作家に偏っている、とも言えるかもしれません。しかし、だからでしょうか、客観的に書かれてはいますが、取り上げた人たちに対する視線に体温が感じられる作品。

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「懐かしき文士たち~大正篇」(1976)
"偉大なる明治"と"激動の昭和"の狭間大正。著者はこの「不遇の時代」の文士と文学に光を当てた。
第一部は明治天皇と乃木大将殉死に対する作家の反応から始まり、漱石の死を経て第二部へ続く。
花開いた大正文壇の成果を様々に綴りつつ、第三部は芥川龍之介の死で幕を引く。大正の挽歌であった。(裏書より抜粋)

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「懐かしき文士たち~昭和篇」(1978)
昭和の文壇史を、著者は昭和二年の芥川龍之介の自殺から書き始める。あたかも芥川の死が、昭和恐慌の前奏曲とでもいうかのように・・・・。
不況から戦争への道を歩んだ激動の昭和という時代に、文士たちはいかに身を処したか。
二・二六事件を経て開戦、空襲から終戦に至るその歩みを豊富なエピソードで描く。解説 吉行淳之介(裏書より)

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「懐かしき文士たち~戦後篇」(1980)
昭和二十年八月十五日、天皇の玉音放送によって戦争は終結。「戦後」が始まった。
二十一歳の三島由紀夫が颯爽と登場し、新風を吹きこむ一方、文豪幸田露伴が八十一歳の生涯を閉じた。
『近代文学』の創刊、芥川賞、直木賞の復活、チャタレイ裁判、川端康成のノーベル賞受賞等、戦後の文壇を彩った作家と文学の全貌。(裏書より

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「物語女流文壇史」 (1977)
樋口一葉と「萩の舎」、与謝野晶子と「明星」、平塚らいてうと「青鞜」など、近代文学創草期の女流たちと彼女らの拠った団体や雑誌との関係から説き起こし、田村俊子、林芙美子らを経て、戦後の曽野綾子、有吉佐和子、瀬戸内晴美らへと至る女流文壇史のすべて。
明治大正昭和三代にわたる女流作家達の苦難の軌跡から今日の繁栄を展望する。(裏書より)

前三作が、事件、出来事を中心に、その時々の各文士たちの動向をスケッチ風にとりあげていたのとは違い、作家ごとに生い立ちから作家を目指すに至った経緯、そして創作活動、亡くなった人はその死までを、簡潔にまとめています。
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全四作。文壇史という堅苦しさはなく、風俗史としても面白く、世に認められない文士たちが移り住んだ、当時の街の路地裏の音、匂い、風景がオムニバス風に、引用された文献と淡々とした記述から伝わってきて、切なくなります。度々読み返すのは恐らくそのためかと。

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大正、戦前の文士たちの履歴って、文士だからでしょうけれども、それでも今では考えられないほどはちゃめちゃ。
みんなが貧乏だった、ということもあるでしょうし、今のように就学年齢や学制が厳密ではなかったためもあると思います。貧乏なら貧乏なりに働いてお金が貯まると学校に行く。そういうことを普通のこととして受け入れる社会を含めて、フリーダムなのが羨ましく感じました。

また、成功者となった人々が故郷の後輩たちを、経済的にも精神的にも実によく面倒を見ています。今では壊れてしまった伝統的な互助システムです。
世話をされる方は一種のしがらみに囚われるわけですが、彼らはあまり気にしない(笑)。自分に合わない学校はどんどんやめていったりしています。

それでも才能を認められたり、可愛げがあったりする人は見捨てられないんですね。先輩の方もかなり太っ腹な人が多い、というか、そういう人に人望が集り、いっそう多くの後輩たちが頼っていったのでしょう。

世話を焼く人、焼かれる人。うまが合う、合わない、というのもかなり需要なファクターだったでしょう。

また、友人たちも面倒見がいい。文士を含め、多くの人々が同業の友人のために金策やら就職斡旋やらで走り回っています。

こうしてみると、やはり昭和前期まではかなり人間関係が濃厚だったように思います。

自分は濃厚な人間関係は苦手、保つだけのパワーもないので、行き倒れてしまう側だろうなぁ。でも友人たちには随分助けられているので、彼らに何かあれば駆けつけたいけれども。お金もコネもない自分が何かの役に立つのだろうか・・・・なんてことを考えた、その昔を思い出すとともに、ついに孤独のうちに倒れた人々を含めて、彼、彼女たちの生き様が以前と同じく、いや、さらにひしひしとせまってきました。

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2011年12月 9日 (金)

2011年11月の読書

多忙のため、あまりすすみませんでした。

※読書順、敬称略です。

○読書<新読>   

RURIKO 著:林 真理子(角川文庫)
隣之怪~木守り 著:木原 浩勝(角川文庫)
儚い羊たちの祝宴 著:米澤 穂信(新潮文庫)
南極越冬隊 タロジロの真実 著:北村 泰一(小学館文庫)

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「RURIKO」

著者の作品は食わず嫌いで、今まで読んだことがありませんでした。
この作品は単行本が話題になった時に題材に興味を覚えました・・・でも高いので買わず(汗)、文庫本化されたので、購入。

RURIKO、すなわち浅丘ルリ子さんをモデルにした、あくまで「小説」です。
映画の製作された時期が明記していないのはそのためでしょう。
実名で登場する人たち、そして名前を伏せられた人たち。

美空さんとの交流、石坂さんとの生活は、ある程度真実なのかもしれません。
石原さん、小林さんとの関係も。
でなければ、色々面倒だもんなぁ、と、思いつつ。
「浅丘ルリ子」というキャラをうまく使った小説なんだけれども、それが何かちょっとズルイ気もしました。
逆に、浅丘さんが出演した日活映画を見ていないと、ピンとこない作品でもあるかなぁ。知らなければ知らない面白さがあるのかもしれません。

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「隣之怪~木守り」

”「新耳袋」には書かなかった因果や呪いに纏わる話”を集めた怪談集です。
とはいえ、「新耳袋」のドライなテイストは貫かれてあって、因果を無理矢理こじつけた話はありません。
どの話もオチがすとん、とついています。落とし具合が、素晴らしいです。
シュールな話あり、民話風な話もあり、人の想いがしみじみ伝わる話あり。

著者の矜持が気持ちのいい、怪談集です。

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「儚い羊たちの祝宴」

この著者の作品は初めて読みました。

味わえ 絶対零度の 恐怖を ラストの1行で 世界が反転 

という帯に惹かれて購入。短編の連作です。

「玉野五十鈴の誉れ」が一番面白かったです。

絶対零度」かぁ。どうなんだろう。それは違うような気がしました。
他の作品を読んでいないので、なんとも失礼な感想ではありますが、ストーリー、語り口など、この手の・・・ホラー短編小説としては個性が今ひとつ感じられませんでした。

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「南極越冬隊 タロジロの真実」

体験したことを淡々と日記のように綴った作品です。
著者の性格もあるのでしょう、ここで盛り上げよう、とか、登場人物のキャラを特化しよう、犬たちの話で盛り上げよう、というあざとさがなく、特に、他人の悪口が一切書かれていません。
実際に体験したらかなり大変なこと、例えばしもやけに罹ったこと、クレパスにはまったこと、食事が不足したことなどが当たり前のごとく書かれています。
とてもシャイな人なのかもしれません。

犬たちに対する科学者らしい冷静な視線、しかし生々しくもある感情。
たどたどしい描写に、真実を感じることができました。
真実とは、日常そのものなんだと。

・・・このテイストがドラマに反映されていたら・・・

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2011年11月19日 (土)

2011年10月の読書 その3

○読書<新読>   

おまえさん(上下) 著:宮部みゆき(講談社文庫)

○読書<再読> 

ぼんくら(上下) 著:宮部みゆき(講談社文庫)
日暮し(上中下) 著:宮部みゆき(講談社文庫)

宮部さんの時代小説は大好きですので、「おまえさん」は中身も確かめずに「いきなり文庫!」のコピーだけで衝動買い。ページを開くまで、井筒平四郎シリーズとは知らなかったうっかりものです。

シリーズ二作目の「日暮し」を読んでから約3年。お徳たちはおろか、核となる平四郎も含めて、レギュラーの登場人物たちの名前をすっかり忘れていました。が、「弓之助」で思い出しました。
で、こんなに忘れていてはお話にならないと、慌てて本を閉じ、一作目の「ぼんくら」から読み直しました。
※ちなみに、初めて「ぼんくら」を読んだ時は、回向院の茂七が活躍する短編集「本所深川ふしぎ草紙」「初ものがたり」を思わず再読しました。

三作とも、物語の核となる長編の前後に、プロローグ、エピローグとなる短編を配しているのが特徴です。

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「ぼんくら」は暗いというか、動機も含めて、割り切れない読後感が残った作品でした。
読み進めていくうちに、センターにいる平四郎やお徳よりよりも佐吉やおくめが好きになってしまったためかもしれません。
おくめの悲しい運命(さだめ)。
佐吉を理不尽な境遇に追いやった組織が、何のおとがめもなく終わったこと。
そしてエピローグが、佐吉の侘しさをいっそう際だたせていたことなど。

メインキャラのまさかの悲劇で足をすくわれた感がした「孤宿の人」と同じ臭いがしたのです。いや、宮部作品にはよくある展開ではあるのですが。好みでしょうね。
短編ならいいのですが、長編ですと接する時間が長いためなのか、知らず知らずのうちに登場人物に心を寄せてしまうので、ほっとするエンディングを求めてしまうのかもしれません。登場人物に感情移入するように誘導しておいての、どんでん返しなのはわかっているのですが。作者の思うツボにはまってしまうのが、くやしい(汗)。

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しかしその思いは第二作「日暮し」で晴れました。

なるほど。

まず、「ぼんくら」では謎だった人物の人柄がちゃんと描かれていたのが嬉しかったです。
そして前作同様に頼りなくはあるのですが、サポーターとして茂七の跡継ぎ、政五郎の存在感が増したこともあって、平四郎にシリーズものの主人公としての安定感を感じたこと。
また、冒頭に、おでこさんこと三太郎を描いた明るい短編「おまんま」を配しているのが効いているのでしょう。その他のエピソードも、カラクリあり、旅ありで「ぼんくら」に比べると明るい感じがしました。

本作を読んでから気がついたことですが、「ぼんくら」はプロローグから暗かったんですね。"人死に"から始まるのはミステリだから当然、と思っていたのですが。
「日暮し」は、「おまんま」で描かれた三太郎の心根で統一されており、悲劇は起こりますが、温かみのあるエピローグ「鬼は外、福は内」で締められていることもあり、ああ、良かった、と思えました。

このカタルシスは前作「ぼんくら」を読んでいないと、感じられないでしょう。
宮部さんにしてやられた感じです。また、よく書いてくれた、とも。

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新作「おまえさん」。

登場人物たちの人生は「ぼんくら」からずっと繋がっており、今後への伏線ともとれる箇所もあります。
三作目ですので、レギュラー各キャラのバランスもわかってきて安心して読めました。しかし、安心感で満たされると物語は面白くなりません。迷い悩む危なっかしい人物もきちんと配しています。

メインの殺人事件と並行していくつかの話が、それぞれの話に関わる人物が浮かんでは消え、消えては浮かびつつ、進んでいきます。前二作もそうでしたが、今作はさらに入り組んでいるように感じました。
犯人描写には今ひとつ納得できない部分があるのですが・・・長編「おまえさん」の後に続く、三つの短編の構成とつなげ方は、お見事。

政五郎の男前度もさらにアップ。また、薬問屋の娘の史乃、史乃の継母の佐多枝らの美女たちや、のっぽのお仲、丸い顔の丸助など、個性的なキャラが数多く登場するので、犯罪は例によって陰惨でも、どことなく賑やかな印象を受ける作品でした。
中でも本作で初めて登場した弓之助の三番目の兄、遊び人の淳三郎は、今後シリーズが続くなら、絶対にスタメン入りでしょう。キャラや境遇がかたまっておらず、どうにでも便利に動かせそうです。彼を登場させることで、今まで天才児かつ優等生だった弓之助の違う面を描いていました。
弓之助・・・凄いような美形って、どんな顔なんだろう。

語り部的な立場なので、ともすれば個性が埋没してしまう主人公、平四郎が、視点を変えると、何やら泰然自若とした手練れの同心に見えるのも、面白かったです。事件を主人公ではない人物の目線で描くのはよくある手段ですが、効果的だったと思います。

犯人や動機は三作品とも宮部作品らしい、少々トリッキーなものですので好みは別れるでしょう。
好きな人ならば、読み終わった後にがっつり満足感を味わえる作品だと思います。

続きは書いてくれるのでしょうか。期待しています。

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