2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        

自己紹介のようなメモ

  • 気になる、もしくは愛すべき作品にはついついツッコミを入れてしまう、ドラマの感想中心のちょっとおっちょこちょいなブログです。

TBとコメントについて

  • TBとコメントは認証制にしています。頂いたTBには記事と関係がある限り、必ずお返しするようにしていますが、サーバーのご機嫌次第で時々お返しできない時があります。

過去の感想記事について

  • ドラマ感想及びまとめは下記の「クール別:鑑賞したテレビドラマ・映画・DVD一覧」に、 DVD、映画、舞台の感想は「DVD、映画、舞台のINDEX」にアカサタナ順に、 読書は「読書:著者&編者別のINDEX(アカサタナ順)」に収納しています。

クール別:鑑賞したテレビドラマ・映画・DVD一覧

DVD、映画、舞台のINDEX

カテゴリー

今月の読書

無料ブログはココログ

カテゴリー「△大河:八重の桜」の48件の記事

2013年12月16日 (月)

八重の桜 感想まとめ

公式サイト

幕末維新の時代を、今までは「敵」として描かれることが多かった会津側から描いた大河として、記憶に残る作品となりました。

前半、会津が、運のなさ、そして時代の読み違いもあって、次第に追い詰められて行く様子には、引き受けちゃだめ、と、何度呟いたことか。
政治の力学に翻弄されるた人々、昨日までの穏やかな日々が一気に崩れ、追い詰められて行く会津に暮らす人々、そして武士としての矜持があればこそ、死を選んだ人々。

全ての人々に、合掌。

どうしても政治がメインになるので、八重の登場シーンは多いとは言えなかったかもしれませんが、武士たちの平穏な生活の象徴として、権謀渦巻く政治の世界との良き対比となっており、物語の基調になっていたと思います。
政治の世界に無理矢理登場させなくって、良かったです。

しかし後半は、大きな出来事を年表的に連ねているだけの話が多く、求心力が低下しました。
八重、そして八重の周囲の人々のエピソードと歴史がうまく絡んでおらず、ドラマとしてのポイントが分散してしまったように思います。
尚之助を筆頭に、きちんとした資料が残っていない人物たちのドラマを構築しきれなかったのも残念でした。

前半、魅力的だった覚馬、浩たちのキャラが後半で失速したのは、明治に生きる彼らの気持ちをセリフに頼って描いたからではないか、彼らサブキャラの物語を上手く紡いでいなかったからではないか、と思いました。
魅力的なキャラが新たに登場しなかったのもそのためかと。

あと、同志社創立時の、例えば熊本バンドや、外国人宣教師との対立など、中途半端な印象を受けるエピソードがあったこと、そして、みね、久栄のエピソードの組み立て方のアンバランスさなど、後半はドラマの構造に対しての突っ込みが多かったです。

セリフそのものは、考えさせられるものが多かったのですけれども、史実とフィクションが表裏一体となっていくダイナミックさ、醍醐味は感じられませんでした。

一番気になったのは、後半になってから、八重をどう動かすかが迷走気味のように見えたことです。
八重という女性を主人公に据える時に、八重を中心に明治以降を描くことの難しさはわかっていたにも関わらず、です。

と、色々突っ込みをいれましたが、綾瀬さんは「あきらめない」という信念を持って激動を時代を生き抜いた八重という人物を、エピソードに多少の無理があっても(汗)、存在感と瞬発力、眼差しの強さで、見事に演じきられたと思います。

終わってみれば、まさしく大河の主人公でした。

両親、兄弟、夫、姪たちに先立たれ、子もなく。
広島での激務を終えて、出迎えるものの誰もいない邸に帰ったシーン。
会津での大家族の風景を思い起こし、思わず涙しました。
しかし、それでも八重は未来を切り開いていくのです。

50話の感想で、頼母とのシーンにあまり感動しなかった、と書きましたが、八重の静かな強さは即々と胸を打つものがありました。

最終回に爽快感を求めるのは、その後の日本の歩みと直結している時代なので、無理というものでしょう。

綾瀬さんをはじめとするキャストの皆さん、スタッフのみなさん、ありがとうございました。

.

.

01 02 03 04、05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36、37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 最終回

にほんブログ村 テレビブログへ    Q_2

2013年12月15日 (日)

八重の桜 第50回 最終回「いつの日も花は咲く」

公式サイト

1894(明治27)年、八重(綾瀬はるか)は従軍篤志看護婦として広島陸軍予備病院で日清戦争の負傷兵たちを看護していた。院内ではコレラや赤痢などが発生し危険な状況だったが、八重は感染にひるむことなく勇敢に看護に従事、若い看護婦たちを見事に統率する。
その功績がたたえられ皇族以外の女性では初となる宝冠章を受章した。しかし、戦のない世を願う八重は、晴れない気持ちを抱いたまま故郷・会津を訪れる。そこで、思いがけない人物と再会し…。(公式サイトより)

.

戦場に女性がしゃしゃり出ること、そして敵味方なく看護する赤十字の活動をなじられるも、はねのける八重。

味方の兵の上のみか 言も通わぬ敵までも 
いとねんごろに看護する 心の色は赤十字

看護婦への偏見に怒る看護婦たちに八重。

「初めてのことには、いつでも反対する人がいんだし。
まず、やって見せんべ。
道は私たちが作ればいい。誇りを持って働いてくなんしょ。」

旅順で勝利した後、八重たちの働く病院へ取材にくる徳富。
負傷者たちにインタビューを始めます。

「記事にすんなら、勇ましい戦闘の話ばかりでなく、コレラや赤痢でなくなっている方が大勢いることも書いてくなんしょ。」
「今は士気を鼓舞する記事ば優先する時です。旅順大勝利の勢いをかって、一気に北京ば攻め落としてもらわばなりません。
読者もそれば、待ち望んどっとです。」
「徳富さん、もっとしっかり伝えるべきことがあるはずです。
私たち看護婦だって、皆感染の危険と隣り合わせで働いているのですよ。」
「わかってますよ。看護婦の献身ぶりも書かせてもらいますけん。
この戦は、もはや軍だけのものじゃなか。国民全体の戦だい。」

徳富の変貌に愕然となる八重。
大勝利の中身は、補給も危ういぎりぎりの勝利でした。北京へなどと、とんでもない。
旅順がたやすく落ちすぎたか、と大山。
徳富は、始まった講和会議に日本は強い態度で臨むべきだ、と板垣に意見を述べます。

「おんし、最初に来たがは確か、新島さんの紹介だったろう。あの人の弟子が強行外交を唱えるがか。」
「それが、国民の望みです。」
「ええか、幕府が強い力を失のうて、わしらが国を新しゅう作り替えた時、流さんでもいい血がごんちゃんと流れた。
清が敗れて、世界の勢力地図が塗り変わる。国と国の大きな戦が始まるろ。流される血はこれまでとは比べ物にならん。」

頼母家の悲劇を回想する板垣。

「板垣先生は、もう古いか。」
「おんしゃ、若いの。」
「ええ。」

広島から帰った八重。襄の写真に話しかけます。

「敵を憎まず、苦しむ人、悲しむ人に寄り添う。襄が目指した世界を、私はちっとでも継げてんべか。
世界が動いている。なじょすることもできねえ。」

「誰かが種を蒔かなければ。一粒の麦を地に落とさねば」襄の言葉。

「種はまだ蒔いたばかりだ。立ち止まってる暇はねえ。」

三国干渉に怒る日本人、そして徳富たち。

「列強に屈した日本外交の弱腰が許せん。」
戦地の苦労が報われんと、どこの新聞社も政府を非難。
「どぎゃん正義も、押し通す力がなければ無意味たい。
おおいに武装すべきことを世論に訴える。それが新聞の使命たい。」

この時の屈辱と怒りは、日本を次の戦争へと駆り立てていくことになる(ナレ)

兄、猪一郎を大勢に流されているだけだ、俺は流されん、小説の中で本当の人間を書いてみせる、と健次郎。
そして書かれたのが「不如帰」。モデルにされた大山家にとっては迷惑な小説です(汗)

.

「私も年だ。たまげた、もう85だ。あの世で旦那様が待ちくたびれてんべ。」
耳をすます八重。
「おとっあまは、当分こっちに来るな、と言ってっからし。八重を一人にすっと可哀想べって。」
「急ぐ事はねえか。」
「ゆっくりしてってくなんしょ。」
「今日は茶の湯の稽古か。」
「茶道は奥が深くて難しいけんじょ、面白えもんだ。」

びっしり勉強している八重に、変わんねえな、と佐久。

「武士の娘だから。始めた事は極めるまで引けねえだし。」
「茶の湯は昔は男がやるもんだったけど、八重は人のいかねえとこばっかり。」
「新しい事を学ぶのは面白れえから。」

玄関で八重を見送る佐久。

「八重が動けば、何かが始まる。」

明治29年、佐久、逝去。
前後して、襄の母、とみ、覚馬の娘、久栄も逝去。久栄は佐久より3年早く、日清戦争より前に亡くなっているのですが、登場シーンもなく・・・ドラマ中の扱いも薄倖な人でした。
合掌。

一人になった八重。
邸の壁際に一人立つ姿が印象的でした。

茶の湯の稽古をつけてもらう八重。

「一服のお茶の前では、どなたとでも、まっすぐに向き合える。
互いに心を開き、敬いあって、清らかで、何事にも動じない。」

そこへ勲七等宝冠章授与の知らせが届きます。
広島の病院で看護婦たちを指揮した働きが認められたもの。民間人の女性で初めての叙勲でした。

知らせを聞いて喜ぶ、東京にいる時尾、二葉と斎藤一。斎藤は警察官につけていました。
「誇らしい。」
はしゃいだ女性二人の、薙刀に見立てた棒にやりこめらる斎藤。

二葉と時尾の薙刀・・・懐かしい。随分遠くまできたものす。

病床にある山川浩。
御宸翰をそろそろ世に出す時ではないか、と、健次郎に後を託します。

「会津が名誉を回復する時は、必ず来る。」

翌年、浩は世を去った。(ナレ)

合掌。

同年、明治31年、天皇に拝謁したことで復権した徳川慶喜。

「のう、勝。江戸が戦場になり、焼け野原になっていたら、この国はどうなっていたであろう。」
「江戸城の引き渡しを、無血開城と言う者がおります。なれど、血を流さす維新がなったわけではございません。
上野の彰義隊、そして会津をはじめとする奥州諸藩。」

少し自画自賛気味な慶喜に勝が釘を刺したように見えました。

「今も折に触れて思い出す。会津が京都守護職を引き受けた、と聞いた時の事を。」

慶喜の回想シーン。

「しかしよく承知したものだ。凶の御籤をわざわざひくようなものではないか。」慶喜。
「会津の主従は、都を死に場所と、覚悟を定めたのではござりましょう。今となっては、会津の誇りが仇とならぬことを祈るばかり。」春嶽。

「その会津をわしは見捨てた。恐ろしかった。会津の愚直さが。
いや、まことは羨んでいたのかもしれぬ。
信義で結ばれた主従の絆は、わしには手に入らぬものであったゆえ。」

畏まる勝。
慶喜のために生涯を賭けて奔走した勝も、幕府の家臣ではあっても慶喜の家臣ではなかった。

御宸翰の存在を知り、頭を悩ませる政府。
公にしようしているのは、大山の義兄、健次郎。
大山は、健次郎に御宸翰を含む「京都守護職始末」の刊行を見合わせるよう、頼みます。
しかし、健次郎は、慶喜が名誉を回復したのだから、容保の名誉も濯がねばばらない、と聞き入れません。

「今は、いかん。」
「あなた方が築いた、薩長藩閥政府の大義が失われてしまうからですか。」

西郷も大久保も、朝廷をないがしろにする気は毛頭なかった。

「国家の安寧のためじゃ。」
「話にならん。失礼する。」

無理にも刊行するというのなら、何としてもとめる、と大山。
一発触発の二人を止めたのは、捨松。

「私も会津の女です。早く会津の名誉を取り戻したい。
でも、どうしてお殿様は長い間、御宸翰を秘しておいでだったのでしょう。」
「それは・・・新たな火種となることを、恐れられたゆえ。」
「それなら、こうして兄上と巌が争っていることも、お殿様は悲しまれるのでは。」

「大山殿。私は亡き大勢の人々の無念を背負っています。」
「しばらく、待ってくんなせい。
どこで道が分かれたとか、考えてみたか。」
「永久に封印はできん。」
「それでよか。」

「京都守護職始末」が刊行され、会津復権の道が開かれるには、なお十年の歳月を要した。(ナレ)

会津に戻った八重は、あの桜の木の下で頼母と再会します。
今は桜守をしている頼母。

「また、戦が近づいている。今度はロシアが相手だそうです。
剣を鋤にうちかえ、国は国に向かって剣をあげない。
そんな時はこねえのか、会津で考えたくなったのです。」

「八重、わしはな、新政府が、なじょな国を作んのか、見届けんべと、生き抜いてきた。
だけんじょ、戊辰以来、わしのまなこに焼き付いたのは、なんぼ苦しい時でも、懸命に生きようとする人の姿、笑おうとする人の健気さ。そればっかりが、俺の心を、胸を揺さぶんだ。
八重、ぬしゃもそうだろう?
あの戦からすっくと立ち上がって。勲章までいただくとは、立派な会津のおなごだ。
わしゃ、嬉しくて嬉しくて。」

「ありがとなし。」

あの桜の木を眺める八重。

「花は散らす風を恨まねえ。ただ、一生懸命咲いている。」

「八重、ぬしゃ、桜だ。
花が散っても、時がくっと、また花を咲かせる。何度でも。何度でも。
花、咲かせろ。」

「はい。桜か。」

自宅の茶室で猪一郎をもてなす八重。

「徳富さんの国民新聞、近頃は政府の機関紙のようですね。」
「軍備増強ば、煽っとるちゅうことでしょうか。」
「はい。」
「国家のためです。私は国を愛するものです。」

「襄も愛国者でした。でも、襄が愛した国というのは、そこに暮らす人間ひとりひとりのことです。
同志社に来た頃、徳富さんは、自分の目で見た、世の中の本当を伝えたいと言っていた。」

「だからこそ、新聞も雑誌もこの手で作った。
言論が人を動かす時代がきたんです。」

「その力を、何に使うのですか?」

「え?」

「人を動かす、その大きな力を。
力は、未来を切り開くために、使わねばなんねえよ。

昔、私が生まれた会津という国は、大きな力に飲み込まれた。
私は銃を持って戦った。最後の一発を撃ち尽くすまで。一人でも多くの敵を倒すために。

だけんじょ、もしも今、私が最後の一発の銃弾を撃つとしたら。」

籠城し、銃を撃つ若き日の八重を見つめる、今の八重。
最後の一発は空に向かって撃たれました。

「私は、あきらめねえ。」

襄の蒔いた種の一つ、徳富猪一郎の変貌で、時代の流れを表現していました。
八重の言葉を猪一郎はどう受け止めたのでしょうか。

日露戦争までは開戦を望む世論の牽引者となり、艦隊増強案を支持。しかし、世間から弱腰として大ブーイングを受けたポーツマス講和条約を唯一支持したとのこと。(wikiより)

八重の「国は国に向かって剣をあげない、そんな時がくるのか」への疑問には、頼母にも、誰も答えられない。

はっきりしているのは、あきらめない気持ちを持ち続けること。あきらめないことで、激動の時代を生き抜いてきた八重。

看護婦への偏見、赤十字に対する無理解、汚名を濯ぐことが中々許されない会津、封建時代にはなかった言論という大きな力のありようなど、最後まで詰め込んできました。
頼母との再会が「八重=桜」で終わってしまったように感じたのは、残念です。

綾瀬さんの射撃姿にはしみじみとしましたが、全体的に大河の大ラスとしての感動はあまり感じなかった最終回でした。
その理由を含めた総括は、改めて書きます。
今日はセリフを拾うだけで精一杯。(大汗)

.

.

01 02 03 04、05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36、37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49

.

.

にほんブログ村 テレビブログへ    Q_2

2013年12月10日 (火)

八重の桜 第49回「再び戦を学ばず」

公式サイト

1890(明治23)年に教育勅語が発表されると、覚馬(西島秀俊)は天皇への忠義を課す一節に懸念を抱く。
そんな覚馬のもとに、山川健次郎(勝地涼)が訪ねてきた。健次郎は兄・浩(玉山鉄二)に代わって川崎尚之助(長谷川博己)の会津戦記を仕上げるために、京都でどのように薩長と戦っていたか覚馬に詳しい話を聞く。しかし、覚馬が薩長にも勤王の志はあったと語ったことに、健次郎も八重(綾瀬はるか)も激しく反論する。
その後、覚馬は同志社の卒業生たちに不戦の精神を説くと、すべての荷を下ろしたかのように病床に就き、息を引き取った。
覚馬の死後しばらくして、日清戦争が勃発。八重は赤十字の若い看護婦たちを率いて、再び戦へと赴くことになる。(公式サイトより)

.

週末多忙にて、遅くなりました。
今回はセリフメインで書き留めておきます。

.

日清戦争勃発前夜。入学希望者が激減していることを受けて、襄亡き後、同志社を引き受けた覚馬。

「日本はたった二十年あまりで、文明国家の枠組みを作ってのけた。
その揺り戻しが始まった。」

「キリスト教が去年発布された教育勅語の教えに反する、と批判する学者もあらわれたそうです。」

忠孝、そして国家の危機には忠義を持って天皇につくすべし、という一行があった(ナレより抜粋)

「教育勅語か。教育の名の下に、人を縛るようなことがあってはなんねえが。」

看護術授業の通訳をする八重。

「会津の戦の時には、銃で撃ち抜かれた人、砲弾で吹き飛ばされた人が大勢いたけんじょ、今はあの頃より武器は強力になっている。
戦の傷は惨いものですよ。
しっかり学んでくなんしょ。私たちの武器は知識だけなんだから。」

「若え人は錦絵でしか戦を知らねえから、勇ましい所しか見えねえんだべ。」と佐久。
「浮ついた気持ちでは、いざっつう時に役に立たねえ。」八重。

戦が起きるのを憂慮する八重と佐久。
覚馬の体調は、学校の仕事もあって大分悪くなっています。
そこへ健次郎が訪れます。

「立派になって。青びょうたんと呼ばれた昔のことが嘘みてえだな。」
「佐久殿、そのあだ名は、もう、忘れてください。」

ここは、今回唯一の和みのシーンでした。

呼吸器を患っている兄、浩は今、尚之助の意思を引き継ぎ、会津に何があったのかを書き残そうとしている、と健次郎。

「聞かせてください、この京で何があったのか。」

「長州派の公家たちが、帝のご叡慮でねえことを勅命と偽り、幕府打倒を企てた。
殿は、全軍を率いて御所に向かわれ、長州を都から取り除かれた。」

「この時の働きで、帝から厚い信認を得たのですね。」

「だか、帝の崩御を切っ掛けにすべてがそっくり裏返った。
今度は会津が勅命を持って、都を追われた。」

「命を賭けて、都をお守りしていたのに。」八重
「書き残さなければ。会津が如何に勤王の志が高かったかを。」健次郎

「勤王の志は、薩長も持っていた。
薩摩の西郷、長州の木戸。
彼らにも、思い描く日本の見取り図はあった。
戦をせず、国を滅ぼさぬ道も、あったはずなのだ。」

「望んで戦をしたわけでねえ。私たちのご城下に、敵が土足で踏み込んできたのだし。」八重

「大君の義。一心大切に忠勤を存ずべし。御家訓のこの一条に、会津は縛られてしまった。
いくつもの不運もあった。謀にのせられもした。
それでも、まだ、引き返す道はあったはずだ。」

「覚馬先生、あなたは忠勤を尽くした大殿と会津の人々を貶めるのか。
会津には、義がありました。」

「向こうも、同じように思っていたろう。
誠意を尽くすことは尊い。それだけでは人を押しつぶす力をはね返すことはできねえ。」

「繰り言など聞きたくない。
覚馬先生は会津魂を忘れてしまったのではありませんか。」

八重は健次郎を止めつつも、自分の思いを覚馬にぶつけます。

「健次郎さんは長州の人たちの助けで学問を修めた。捨松さんは、薩摩の大山様に嫁いだ。
みんな、恨みばっかり抱いているでねえ。
うんだけんじょ、亡くなった仲間たちを思うと、会津が間違っていたとはけして言えねえ。」
.

同志社の理化学館を見学する健次郎と案内する八重。
二人は覚馬に言い過ぎた、と反省します。

「新しい知識は、いつもあんつぁまが持ってきた。
あんつぁまの目は、人よりも先を見ていて、周りの人がどんなに反対しても、進むべき道はこっちだと、言い続けてきた。」

.

書斎に兄を訪ねる八重。

「京都に来た時、会津本陣で言われた。同じ日本の中で、もう戦はしてはなんねえと。」
「ああ、だが、また戦は始まんべえ。」

「それを避ける道を考えていたのがし。会津が敗れた理由の中から。」

「国を失う痛みは、会津が一番良く知っている。
人間の知恵や知識で、戦が避けられねえのなら、学問など、無駄なのか。」

「あんつぁまは、学問は武器だと言った。学問すれば、答えが見つかると。だから、私は学んだ。
それが、襄の学校作りの役に立った。
襄は生徒たちに、国に縛られず、自分の力で考え抜く人であれ。
そう、教えていた。 

私は、その中に答えを見つけたんだし。
自分の力で考え抜く人であれ。
襄の子供たちはきっと、その思いを受け継いでいってくれる。
あんつぁま、諦めねえでくなんしょ。
誰よりも先を見て、もっともっと教えてくなんしょ。」

.

卒業式。

「諸君は学業を終え、これからそれぞれの仕事に就かれる。どうか、弱い者を守る盾となってください。
かつて私は、会津藩士として戦い、京の町を焼き、故郷の会津を失いました。
その償いの道は、半ばです。

今、世界が力を競い合い、日本は戦に向けて動き出した。
どうか、聖書の一説を、心に深く刻んでください。

その剣をうちかえて鋤となし、その槍をうちかえて鎌となし、国は国にむかいて剣をあげず、二度と再び戦いのことを学ばない。

諸君は一国の、いや、世界の良心であってください。
いかなる力にも、その知恵で抗い、道を切り開いてください。
それが、身を以て戦を知る、私の願いです。」

学校の運営から身を引いた覚馬は危篤におちいります。
寄り添う、八重、佐久、久栄。

「風を入れてくなんしょ。」

障子を開ける佐久。

「会津は、もう雪だべか。
やっと帰れんなあ。
みんなが待ってんべえ。
母上、八重。
いつも生き延びて、二人がいてくれたから、会津の男として生きてこられた。
ありがとなし。」

ついに会津に帰らぬまま、息を引き取った覚馬。
覚馬の死を、山川兄弟から知らされた、病床の容保。

「二人に、託したい事がある。」

それは御宸翰。

「開城のおりに、失われたものと思っておりやした。」

「これだけは。
会津が逆賊でないことのただ一つの証し。」

「殿、なにゆえ秘しておいでだったのですか。
これを世に出せば、殿の汚名はそそがれたはずにごぜえます。」

「都の争いとは、勅を得た者が正義となった。
ならば、御宸翰が再び戦の火種となる。
それだけは避けねばならぬと。」

「会津と薩長。義はともにあった。
覚馬先生が問うておられたのです。
会津にはたどるべき別の道が・・・」

「健次郎!」

「いや、武士の忠義を貫き通したかわりに、わしは、会津を死地へと追いやった。」

「殿。あん時、会津までが、徳川を見捨てていたならば、こん国に、真の武士などいなかったことになります。」

「いつか、御宸翰を世に出してくれ。
会津が、如何に誇り高く戦ったかを。死んでいった者も。心を。
ただし、再び同じ道をたどらぬよう、戒めとして。
これをそなたらに託したい。
わしの最後の願いじゃ。」

.

容保死去の知らせに、みんないなくなってしまった、と嘆く八重。
すると襄の声が・・・

「亡くなった人たちは、もう、どこにも行きません。あなたのそばにいて、あなたを支えてくれるのです。」

八重の背後からちらちらと襄らしき人物が見えるシーン、心霊写真っぽくって怖かったです(汗)
.

ついに戦争に向かって動きだした政府と軍部。
世論もそれを望んでいる。
張り切るマスコミ、そして兄、猪一郎たち。

「なんば浮かれとっとか。」苦々しく呟く健次郎。

上京した八重は、大山に、政府が敵味方区別なく看護する赤十字の活動を認めてくれるよう、助力を頼みます。
清国が赤十字に加盟していないこと、女が戦場に赴くことが、問題になっているようです。

「苦しんでいる人たちに手を差し伸べんのが、文明と言うものではねえのですか。」
私にはこの戦争にどんな意味があるのかわからない。だけど戦は始まってしまった。

「私は、できることをやらねばなんねえ。
一人でも、多く助けます。」

「敵なればとて、傷をおくるか病いに罹りたるもの、いたわり救うは人の常なり。仁愛の心をもってこれに対すべし。」

出陣に際し全軍に訓示する、と大山。

「八重さん。良かね。」
「はい。」

.

山本覚馬。本当に苛烈な人生でした。
そして八重の言う通り、人より先が見えてしまう人でした。
故に、八重のようには学問の力を信じてはいなかったのかもしれません。

夫としては突っ込みどころがありましたが、側室が認められていたあの時代であれば、ままあることかと。自分がその立場になったら恨んだりしたかもしれませんけれども。
ドラマとしての描き方には思うところはあるのですが、それは総評で触れます。

どんなにか故郷に帰りたかったでしょう。
会津の男でいられた、という言葉、そして江戸留学から戻ってきた時の回想シーンに、思わず涙。
合掌。

病床の容保。
御宸翰をいただいた前後の高揚感あふれるシーンを思い出しました。

後家訓、御宸翰、武士のプライド。それらを全て振り捨てていれば。
だが、最後まで守り続けた。
会津の汚名をそそぐこと、すなわち、その思いについてきた家臣たちの汚名をそそぐこと。
自らを責めつつ、様々な思いを飲み込み、残しつつ逝った容保。
合掌。

.

冒頭、襄の意を受け継ぐと、八重に語りかけるアリス。
教育方針を巡って八重と対立した後、どういう流れで仲直りしたのか、ドラマの流れ的に気になりました。

気になったといえば、以前にもちょこっと書きましたが、健次郎が長州の人たちの助けで戦場を逃れたこと、これもいきさつを全く描いていませんでした。
なので、八重が「健次郎さんは長州の人たちの助けで学問を修めた」というセリフが宙にういてしまった気がしました。

後は、書き留めたセリフが全てです。
恐らく、作者が一番書きたかったセリフではないでしょうか。

様々なセリフがありましたが、印象に残ったのは

「苦しんでいる人たちに手を差し伸べんのが、文明と言うものではねえのですか。」

と言うのと、

「戦には双方義がある。」

かつ、双方に恨みが残る。そして。

「二度と再び戦いのことを学ばない。」

でも、学ばなかったんだ、力の前に学問が無力だったのだ、と思うのか。
これからでも遅くない、学んでいけるのか。
それとも痛い目に合わないと学べないのか。

日本がアメリカと戦争をしていたことを知らない人も多いと言うニュースをみて。
教えようとしない大人たちの責任は大きいのでは、と思わず暗澹たる思いになりました。
加えて、国会にて、未だに強行採決、などという野蛮な手法をとる国に幻滅、そして、そういう人たちを選んでしまったのは自分たちであるということに、落胆。

先週末は、多忙なこともありましたが、とても感想を書く気持ちになれなかったです。

さて、次回はいよいよ最終回です。

.

.

01 02 03 04、05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36、37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48

.

.

にほんブログ村 テレビブログへ    Q_2

2013年12月 1日 (日)

八重の桜 第48回「グッバイ、また会わん」

公式サイト

関東に向かった襄(オダギリジョー)は、同志社大学を設立するための募金活動をしていたが、体調を崩して大磯の旅館で療養していた。見舞いに訪れた蘇峰(中村蒼)は、八重(綾瀬はるか)に病状を伝えるべきだと言うが、襄は断固としてそれを拒む。
一方、京都では、八重が襄からのはがきの文字で、夫の体調に異変があったことを察知する。すでに襄の病状を知っていた覚馬(西島秀俊)から事情を聞き、予感が真実だったことを知った八重は急ぎ大磯へ向かい、襄と最後の言葉を交わす。
襄の死後、なかなか前に進めずにいた八重だったが、覚馬の勧めで日本赤十字社の篤志看護婦の仕事をしていく決意をする。(公式サイトより)

.

秋月が久々に登場。熊本の第五高等中学の教師に赴任することになったとのこと。
一方、平馬の死を知らせに訪れたテイを迎える山川兄弟、そしてこちらも久々の二葉が登場しました。
テレビガイド誌の粗筋には

浩や健次郎、二葉ら山川兄弟も教育界をけん引する存在になっていた。会津人の活躍を喜ぶ八重は、秋月が襄の言葉に触発されたと聞き、顔をほころばせる。

と、書いてあったのですが、前半の部分はありませんでした。
ですので、健次郎が東京大学の教授であることは今までに描かれていましたが、浩や二葉がどう、教育界に関わっているかが、全くわかりませんでした。
二葉も頑張ったのにね。

.

襄の死がメインでしたが、離縁を言い渡された平馬に対する二葉の複雑な感情もまた、強く印象に残りました。

自分が根室に小学校を開くのをずっと支えてくれた、と平馬のことを語るテイに、
「わざわざおこしいただいたけんじょ、梶原様とはとっくに縁が切れておりますから。」
と、変わらぬ頑固さで応対する二葉を「姉上」と制す浩。
テイは昔、二葉と偶然出会ったことを話します。

「あの時、坊ちゃんを抱いておいででしたね。
実は、これを、お見せしたくて。」

テイが見せたのは、赤ん坊の人形の絵。
1人息子が生まれた時でしたっけ、平馬が京の店で真剣に選び、二葉に贈った人形です。
普段は真面目一方で笑わぬ二葉が思わず顔をほころばせたのが印象に残るシーンでした。

「何枚もこの絵を書いていました。もしや、坊ちゃんのゆかりのものではと。」
「旦那さま・・・」
「最後まで、会津が破れた責めは自分にあると、悔いておいででした。」

「うんなことはねえ。」

浩。

「責任は、十分に果たされた。」
「平馬さまが開いてくださった道。無駄にはしません。」


と健次郎。

「テイさま。
最後まで、旦那さまのそばにいてくれて、ありがとうございました。」

頭を垂れ、手をついて礼を述べる二葉。
無言で同じく礼をするテイ。

もし、時代が違ったなら、梶原平馬は切れ者の家老として会津を切り盛りしていたはず。
ドラマでは山川兄弟がその死を知ったことになっていましたが、事実は
「会津藩関係者のなかでも長く消息が不明であったが、昭和63年(1988年)に墓が根室市で発見された。」@wiki
なんだそうです。
合掌。
.

襄の命で、体調悪化を知らされない八重。
しかし「当方無事」の筆跡から不安を募らせます。

「襄から届く葉書がおかしい。みなんしょ。
当方無事、とあっけんじょ、こんな弱々しい字で。」

ついに隠しきれなくなった覚馬。

「新島さんは大磯にいる。体調を崩して療養している。」
「なじょして、それを私に黙って・・・」

兄を責めてはならない、固く口止めされていたのだ、と佐久。

「襄を1人にしてはおけねえ。
私は、そばにいて一緒に戦うと決めたんだし。」

八重の決意を聞いて、旅館の名を明かす覚馬。

「早く行け。」

大磯の襄の容態は悪化の一途をたどっていました。
それでも仕事を続けようとする襄。
腹膜炎を併発、さらに重篤に陥ってしまいます。

ここへきて、襄の命を破り、京都に電報を打ちに出ようとした徳富。
なおも師のいいつけを守ろうとする古閑。
この人、襄が力を振り絞って手紙を書いている時、ロビーのようなところで新聞読んでましたし。

そこへ八重が駆けつけます。

「襄。なじょしたんです、こんなところで。」

襄に微笑みかける八重。

「夢かと思った。」
「あたしはここにいます。」
「来てくれたんですね。今日は、とても苦しくて。
会いたかった、八重さん。」

本音では会いたかったのね。周りの人たちがその意をくんであげればよかったのに。

何も知らされず、死に目にも間に合わないとなれば、家族の悲しみは如何ばかりか。
そして八重が来てから、国中の人に知らせねばならん、と電報を打ちに行く・・・このあたりの動き、事実はどうあれ、釈然としませんでした。

襄は八重にみとられて臨終を迎えます。

「まことの自由と、国を愛する人物を育ててください。
多くの同志たちに助けられてきました。
天を恨まず、人を咎めず、ただ、感謝あるのみ。」

小関と徳富に言葉を残し、聖書の一節を小関に読んでもらいます。
そしてその場をさる弟子たち。

「あなたに、話したいことがまだ、たくさんあるのに。
残された時間は、あとわずかです。」
「やっと二人になれたんですよ。もう少し一緒にいてくなんしょ。」
「気がかりなのは、八重さん、あなたのことです。
あなたを置いて先に逝くことだけが。」

「心配いらねえ。私は大丈夫です。
言ったはずですよ。私は守られて生きるようなおなごではねえ。

だけんじょ、今はまだ、別れたくねえ。

襄、ありがとなし、私を妻にしてくれて。
戦の傷も、犯した罪も、悲しみも、みんな一緒に背負ってくれた。
私を、愛で満たしてくれた。
ありがとなし。」

「八重さん、泣かないで。
私は、あなたの笑顔が大好きです・・・」

「泣いてなんかいねえ。
襄と私は、神様の絆で結ばれた、離れることのない夫婦なんだから。」

「八重さん、狼狽してはいけません。

グッバイ、また・・・会いましょう。」

静かに息を引き取りました。

また、会いましょう・・・寂しく悲しい言葉。

波乱の世を、自ら立てた目的に向かって、ぶれることなく力一杯生きた人でした。

合掌。

.

「八重、東京に行ってこい。」

襄を失って、気力を失ってしまった八重に、新しい道を指し示したのは、いつものように覚馬でした。

「新島襄の妻は、こんな意気地のねえ女だったのか。
赤十字の看護の心髄は、敵味方の区別なく、傷ついたものに手を差し伸べることにある。
苦しむもの、悲しむものに寄り添い、慈しみの光で世を照らす。
新島さんが作ろうとした世界だ。」

.

次回は覚馬とのお別れのようです。

.

.

01 02 03 04、05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36、37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47

.

.

にほんブログ村 テレビブログへ    Q_2

2013年11月24日 (日)

八重の桜 第47回「残された時間」

公式サイト

同志社の大学設立に奔走する襄(オダギリジョー)は、大隈邸で行われた募金集会で多くの寄付を集める。しかし、心臓を患っていた襄の体調はさらに悪化し、鎌倉でしばらく静養することに。それでも資金集めのために動き回ろうとする襄を、八重(綾瀬はるか)は必死になって制止するが、襄は一向に聞き入れない。そしてついに、八重は主治医から襄の命が長くないことを告げられる。
そんななか、徳富蘇峰(=猪一郎・中村蒼)の計らいで、襄の『同志社大学設立の旨意』が全国誌に掲載され援助が集まり出すと、襄は再び不調な体にむちを打って募金活動に向かおうとする。八重が心配するなか、襄は募金活動のため単身関東へと向かうのだった。(公式サイトより)

.

「八重さん、隠し事は困ります。
私にはやることがあるんです。その日が近いなら、準備をしなければならない。
怖いのは死ぬことではない。
覚悟も決めず、支度もできぬままに、突然命を絶たれることです。」

「襄の心臓は、いつ破れてもおかしくねえと。
いまのうちに、大切なことは聞いておけ、と言われました。」

「かわいそうに。
驚いたでしょう、一人でそんな話を聞いて。」

「こんな時に人の心配なんか。」

「命は、主の御手に委ねてあります。恐れることは、ない。」

八重から本当の病状を聞き出した襄。
予想はしていたのでしょう、冷静に受け止め、八重のダメージを心配します。
しかし、本心は、残された時間があまりにも少ないことに、焦りを感じていました。

夜中に目覚めた襄。
祈りを捧げようとして、足がもつれ、倒れてしまいます。

「やはり、間に合わないのか。
もう少し、もう少しで大学に手が届くのに。」

「もう、横になってくなんしょ。」

「何一つ、容易くできたことはない。
邪魔され、罵られ、全ては主の思し召しだと思えば、試練も喜びにかえられた。
でも、耐えられない、ここまで来て、学校ができるのを見届けられないなんて。

主よ、なぜもう少し、時を与えてくださらないのだ。

死が、私に追いついてしまう。

手紙を書かなければ、まだまだ、支援を頼む先がある。」

「やめてくなんしょ。今は休まねえとだめだから。」

「徳富さんのおかげで、一気に賛同者が増えた。
この機会を逃す訳にはいかない。今、やらなければ。」

「もう、いい、もうやめてくなんしょ、襄の心臓が破れてしまう。
大学なんかいらねえ。襄の命が削られるくらいなら、大学なんてできなくていい。
1年でも、1日でも長く生きようと、なぜ思ってくれねえのですか。

私は襄を失いたくねえ。

同志社は大事だ。日本は大事だ。
だけんじょ、この世のどんなことも、襄の命とは引き換えにはできないのだし。

襄、大学は他の人でも作れる。襄でなくとも。」

「私がいなくなっても、その後に続く人が作り上げてくれる。私もそう、信じます。
けれど、そのためには、誰かが種を蒔かなければ。
一粒の麦を、地に落とさなければ。
私はやらなければならないのです。」

「・・・これは、襄の戦だった。戦なら、怖じ気づいて逃げるわけにはいかねえな。」

「最後の1日まで、ともに戦ってください。」

明治22年、帝国憲法が発布され、帝国議会の開催が定められました。
その年の秋、襄は病床にある母の世話を八重に頼んで、一人、募金をあつめに上京します。

「どうしても一緒に行ってはいけませんか。」

「留守をお願いします。親不孝な息子に代わって、母親の世話を頼みます。」

「でも・・・」

「心配いりません。医者の許しを得たのですから。」

「約束してくなんしょ。
具合の悪い時には、無理をせずに休むこと。」

「はい。」

「葉書を送ってくださいね。」

「当方、無事、と書いて送ります。」

鞄を手渡す八重。

「行ってきます。」
.

今回は、八重と襄が過ごす残り少ない日々を描いていました。
山川健次郎、勝海舟、槇村とも再会。
勝に勧められて、鎌倉での穏やかな二人きりの休暇を過ごします。
的屋での二人。さすが、というか当然というか。銃の構えが様になっている八重と、どうにも様にならない襄。
八重のアドバイスを子供のようにうるさがっていました。こういう襄は珍しいです。

八重に心を開いた久栄。
同志社を卒業した後は、おなごも一個の独立した人間にならないと本当の人生には出会えない、と父に頼んで、神戸の英和女学校に行くとのこと。
ゆくゆくは先生になりたい、と語っていました。

襄の演説が短かく、あまり熱意が感じられなかったのは、彼の信念はドラマの中で幾度も語られてきたので端折ったのではなく、気乗りがしなかったためなのでしょうか。
あの演説で、三菱、三井などの財界の大物たちが感銘を受けたとは思えなかったです。
まあ、感銘など必要はなかったのでしょう。
寄付が集まったのは、勝曰く、キリスト教の大学が西洋化の象徴に使えると思ったから。
「早い話、猿のダンスと笑われた、鹿鳴館と同じさ。」
そうだとしても、大学を作るには金が入る、と言う襄に、せっかくの大学を、ヒモツキの大学にするつもりか、と勝。
志を全国に訴えて、国民の力を借りて作ったらどうか。
「1人から千円をもらうのも、千人から1円づつ集めるのも、同じ千円だ。」
襄の体はひとつだ、と言う八重に、徳富の雑誌に「同志社大学設立ノ旨意」を掲載することを提案しました。

この試みは大きな反響を得るのですが、その分、襄の仕事も増えるわけです。
夫の体を気遣うあまり、思わず大学なんか、と言ってしまう八重。
しかし、それが襄の戦なのだ、と得心した後は、ともに戦うことを決心します。

あと3話です。

.

.

01 02 03 04、05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36、37 38 39 40 41 42 43 44 45 46

.

.

にほんブログ村 テレビブログへ    Q_2

2013年11月17日 (日)

八重の桜 第46回「駆け落ち」

公式サイト

母・時栄(谷村美月)が覚馬と離縁し、山本家を出ていって以来、ふさぎ込む久栄(門脇麦)。八重(綾瀬はるか)は、母親代わりになろうと久栄を気遣うが、なかなか心を開いてくれない。
そんななか、久栄がただひとり心を許したのが徳富猪一郎(中村蒼)の弟・健次郎(太賀)だった。優秀な兄といつも比較され肩身の狭い思いをしている健次郎と、山本家に居心地の悪さを感じている久栄。2人は悩みを打ち明け合ううちに、結婚を意識し合うようになる。しかし、その展開に八重が猛然と待ったをかける。(公式サイトより)

.

感想のみ書きます。
なお「黒い瞳と茶色い目」は未読です。

男子校の教室に一人で本を返しにいく久栄・・・色んな意味で無防備すぎ。
今でも勇気がいると思います。
理数系の学科を受けに女学生たちが出入りしていたようですので、それほどハードルは高くなかったのでしょうか。
16歳かあ。子供っぽさが抜けきれていない、と思えばいいのでしょうか。でもこの時代なら、もう大人。お嫁入りする年齢でもあるわけで。

・・・このエピについては、特に書くことがありません。
姉と同じく薄命の人らしいので、あまり突っ込めない、と言うこともありますし(汗)
最後は、えらく簡単にあきらめちゃったかな、とは思いました。
うーん、雑な脚本(以下自粛)

みねさん、佐久の言う通り、やっと平穏な生活をおくれると思った矢先だったのに・・・
父の顔を知らぬまま武士の娘として厳しく育てられ、戦火をくぐり抜けた後は、耐乏生活をおくり、母とも別れ、馴染みのない土地で、なさぬ仲の母と自分は知らない父の愛情を受けて育つ妹を見て育った人。
八重とは違った意味で苦労をし、ずっと八重といた人なのに、あっさりとした最期でした。
あまりウェットに描かれても何ですが、この大河で多用されている回想シーンもなく。
その扱いにも、思わず涙。

お久しぶりのユキさん、全く変わっていませんでした。
変に老けメイクされても違和感あったでしょうけれどもね(^^;;
息子、連れ子かと一瞬連れ子かと思ったのですが、違ったようです。

会津の人々との邂逅。
最後は頼母でしょうか?

「若者の間では小説が流行の兆しを見せていた。近代文学の夜明けである。」

ナレーターひとつで片付けられていました。

このころの小説には、明治以前の、話し言葉から乖離している文体を、どのように話し言葉に近づけるか、日本語の形態そのものと真っ向から向き合った文化運動、という一面がありました。
いわゆる言文一致運動です。多くの文学者たちが、「小説」に対する偏見の中で、それこそ身を削るようにして取り組んでいました。

まあ、あまり詳しく描くとドラマの本筋から離れてしまうとは思うのですが、せっかく明治を描くのなら、うまく取り込んで欲しかったです。
大河だからといって、大きな事件を描かねばならない、ということはないとは思います。
でも、いや、だからこそ社会風俗は丁寧に描いて欲しいのです。
何だか、作家さんに、この時代についての定見というか、興味、もしくは愛情がないように感じてしまうのですが。

会津戦争までは追いつめられていく会津藩の人々を、丹念に描いていたのに・・・ぼやきは全てが終わった時にします。

.

.

01 02 03 04、05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36、37 38 39 40 41 42 43 44 45

.

.

にほんブログ村 テレビブログへ    Q_2

2013年11月10日 (日)

八重の桜 第45回「不倫の噂」

公式サイト

襄(オダギリジョー)がアメリカから5万ドルという巨額の資金援助をたずさえて、1年8か月ぶりに帰国した。八重(綾瀬はるか)は、襄との久しぶりの再会を喜ぶ。
これで大学設立は順調に進むかと思えたが、時栄(谷村美月)と青木(永瀬匡)の不倫関係がうわさ話となって町に知れわたり、同志社の宣教師たちからも不協和音が噴出する。事態収拾のため、覚馬(西島秀俊)は商工会議所会長を辞職するが、責任の重さを悟った時栄は…。島秀俊)のもとには、青森から青木栄二郎(永瀬匡)という書生が訪ねてきていた。彼は山本家に住み込み始めるが、次第に時栄(谷村美月)に好意を寄せるようになる。(公式サイトより)

.

明治18年。

栄二郎が住み込み始めて1年。
久栄が、栄二郎が来てから時栄が変わったことを不安に感じる中、時栄が栄二郎を縁日に誘ったことから、騒動が起きました。

「先生に伺います。
時栄さんを何と思っておいでだべか。妻ですか?
それとも・・・14の年から先生の世話だけに明け暮れて。今日も縁日に行ったくれえで、子供みていに喜んでいた。
名士の妻何どと言っても、まるで女中のような暮らしだ。
時栄さんは、先生の手足じゃなねえ。一人の女だ。
僕はあの人を解き放ってあげたい。
八重さんには自由であれと言っておきながら、時栄さんには忍従を強いる。
先生は偽善者だ!」

八重の制止を振り払って覚馬に問いつめる栄二郎。
時栄は、やめておくれやす、と。

間違いがあったのか、と尋ねる覚馬には「なんもあらしまへん」と答える時栄。

「一人で心細いやろ、と、お世話してたんを勘違いしはったんや。
知らん土地で、学校にも馴染めんで、頼る人が欲しかったんやろ。」

「青木は国に返す。こんな風では学問も物にはなんねえ。」

「学校だけは続けさせておくれやす。
まだ若いのや。こんなことで将来が台無しになったら、かわいそうや。」

青木は大阪の私塾に移されました。

時栄から相談を受けた大垣屋は、八重に話します。

「時栄が悪い。つけいられる隙があったんや。
時栄を先生のお手伝いにやってから、もう、20年がたちます。
薩摩屋敷に捕まらはった時、時栄は牢に通うて、よう、お世話してました。
先生が、目も見えず、足も立たん体にならはった時、私は言うたんどす。
嫁ぎ先を世話するよって、後はこっちにまかしたらどないや、言うて。
せやけど、時栄はおそばを離れんかった。どないなことがあっても、先生にお仕えしたい、ゆうて。
いっぺんだけ目、つぶって許してやっておくれやす。」

覚馬は、時栄に、二人で洗礼を受けないか、と。

「俺は、罪を悔い改めようと思う。
お前も、一緒に洗礼を受けて、もういっぺんいちからやり直してみねえか。」

「へえ。」

洗礼を受けた二人。

無事に洗礼がすんでよかった、と八重。

「時栄さん、ありがとうございました。
今までのこと、改めてお礼を言わねえと。
あんつぁまが生きてこれたのは、時栄さんのおかげだ。峰のことも立派に育ててくれて、ほんとにありがとなし。
兄のこと、山本家のこと、これから先もよろしくお願いします。」

時栄に頭を下げます。今更、ではあるのですが。
でも、うらのことがあるので、時栄を受け入れられない八重の気持ちもわかります。

「礼なんか。
うち、バチあたるわ。神様に見抜かれたんやないやろか、ここに隠してあること、みんな。」

と、自分の胸に手を当てる時栄。

「うち、ずっと妬んでましたんや。
うらさんのこと。
身を引いたうらさんは、旦那様の胸に消せん傷をつけはった。
旦那様の中に、ずっとうらさんがおんねや。年も取らんと、きれいなままで。」

「時栄さん、そんな気持ち、もう捨ててくなんしょ。
時栄さんとあんつぁまは、洗礼を受けて生まれ変わった。
今日から新しく、生き始めんだし。」

「新しく。
そうや。やり直すんや。」

覚馬の罪、というのは、色々あるでしょうが、二人の妻に抱いたものも含まれているのでしょう。
栄二郎に言われたことは、当たらずとも遠からず、だったのかもしれません。

生まれ変わったのだから、という八重。
それまでの、覚馬の妻として懸命に世話をしてきた時栄の人生までも、否定しているようにも感じました。
言い方ひとつなのでしょうけれども。

これで落ち着いた、と思ったのですが、栄二郎が時栄に一目会いたさに大阪から訪ねてきました。
思い詰めた栄二郎は激しく時栄にアプローチします。
「近寄ったらあかん。」
「忘れなくちゃなんねえ、と思うけんじょも、どうしても未練が断ち切れねえ。
女々しいと思っても、会いたくて。苦しくなんだ。
時栄さん、一緒に逃げてくなんしょ。」

栄二郎に抱きしめられる時栄。

「阿呆なこと言わんといて」と突き放す時栄。

「二度と会いとうないねや。もう、ここには来んといておくれやす。」

「あんた、ひでえ人だ。優しい素振りで誘ったのはあんたじゃねえか。」

再び抱きしめられた所を、出入りの本屋に見られてしまい、噂が広まってしました。
同志社にも影響が及びます。

時栄を信じようとする八重。

「心ない噂のことは気にしなくていいから。
あることないこと、面白がって言いふらす人たちがいるだけだ。
青木さんは、二度とこの家には近寄らせねえ。安心してくなんしょ。」

黙っている時栄に不安を感じたのか、もしくはどこかで疑っているのか、思わず問いただす八重。

「時栄さん。何も、なかったんだべ?」

「何年一緒に暮らしたかて、旦那様はいつまでたっても会津のお方や。」

当たり前だ、と八重。

「うちは、旦那様の胸にいはるうらさんとは違う。
生身のおなごや。
きれいなままでは生きられへん。
言い寄られたら、抱きすくめられたら、手、握られたら」

「時栄さん!」

「罪深いおなごや。
洗礼を受けたかて、清められへん。」

「なんてことを・・・なんてことをしてくれたんだし。
こんな時に、不始末の噂が、どんだけ足を引っ張っか。
あんつぁまの名をどんだけ汚すことになっか。」

「わかってます。よう、わかってます。」

「出てってくなんしょ。
お願いします、このうちから出てってください。兄と別れてください。」

そこに、佐久に支えられた覚馬が戻ってきました。

「今度のことは俺から出たことだ。始末は、俺がつける。」

始末をつける・・・商工会議所を辞めてきたのでした。

「もういい。騒ぐな。」

「旦那様。
縁を切っておくれやす。
うちを離縁してください。
久栄をお願いします。母親のせいで、あの子の心がひがまんように。」

時栄の願いは聞き届けられました。

神戸の大垣屋に身を寄せるよう、手配をした覚馬。

「暮らしの面倒は見る。肩身の狭い思いはさせねえ。」

「おおきに。
身の回りのものをしもうとる場所は、おばばさまにみんま伝えておきますよって。
腰が痛む時の塗り薬は、久栄が知ってます。

山本覚馬の妻であることが、うちの誇りやった。
長いこと、お世話になりました。」

山本家を去っていく時栄を見送る佐久と八重。
うらとの別れが重なります。

八重は憎まれ役を演じて、久栄と時栄の間を取り持ちました。

.

時栄中心にセリフを拾ってみました。

突っ走って夫婦の仲に踏み込んでしまった栄二郎。
ですが、八重のことも含めて、確かにそう見えました。
会津の誇り高き一族の嫁としての気苦労もあったでしょう。おそらく士族の生まれではなかったでしょうし。
そして、覚馬の中だけでなく、八重、佐久の中にもうらが住んでいるのを日々感じながらの生活。

しかし、はたからどのように見えても、覚馬の妻として彼の世話をすることは、時栄の喜びでした。
それなのに。
栄二郎のことは、好きになったわけではない、しかし、抱きしめられた時に、一瞬女性として心が揺らいだ自分を見逃すことができなかったのです。
正直な女性でした。

八重と時栄はついに理解しあえないまま、だったように思います。
生まれも育ちも性格も全く違う嫁と小姑。

栄二郎に抱きしめられた時、そして本心を明かす時の谷村さんの表情が素晴らしかったです。

アメリカンボードから5万ドルの援助を受けることに成功して帰国した襄。
でも、大学設立のために使うか、信仰を広めるために使うかは曖昧にして集めたそうで・・・
危ない橋です。アメリカンボードが目を光らすのもむべなるかな、です。

さて、家庭内の話はまだまだ続く。

.

.

01 02 03 04、05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36、37 38 39 40 41 42 43 44

.

.

にほんブログ村 テレビブログへ    Q_2

2013年11月 3日 (日)

八重の桜 第44回「襄の遺言」

公式サイト

八重(綾瀬はるか)が心配するなか、襄(オダギリジョー)は同志社英学校を大学にする資金集めのため、欧米に旅立った。留守を任された八重だったが、女学校の運営方針をめぐって米国人宣教師たちと口論になり、険悪な状態になる。すると、そこへスイスの襄から遺書が郵送されてくる。
 一方、覚馬(西島秀俊)のもとには、青森から青木栄二郎(永瀬匡)という書生が訪ねてきていた。彼は山本家に住み込み始めるが、次第に時栄(谷村美月)に好意を寄せるようになる。(公式サイトより)

.

11月になって、タイトルが大幅に変わりました。

明治17年。

徴兵制度を徹底させるために私学の徴兵免除を決定した政府に、憤懣やるかたない襄。
珍しく八重の前でも不機嫌です。

「己の不機嫌にまかせて 怒りを移すは無礼のことなり。」

と八重にたしなめられて謝る襄。

「うちの中に雷が落ちんのはかまわねえ。
だげんじょ、怒りながら食べたら体に毒だ。
嫌なことがあったら、話してくなんしょ。」

徴兵免除撤廃の影響で、専門学校でしかない同志社を退学し、官立学校、つまり東大に転校したいという学生が相次いでいることを話す襄。

「政府のやることは勝手すぎる。」

ここで容保と照姫の別れが挿入されました。
容保のそばに控える山川兄弟。世が世なら家老として仕えていたのだろうなあ、と思うと感慨深いです。

退学が相次ぐことを心配する覚馬。
大学を作るには、まず金が入る、賛同者を大勢集めねば。
資金を集めるために襄がアメリカに行くことになっている襄の体を心配する八重。

そこへ、広沢富次郎、いまは広沢安任が訪ねてきました。
手を取り合って再会を喜ぶ覚馬と広沢。

広沢は青森で牧場経営を成功させていました。

「広沢さんの牧場で、暮らしがたった会津人が大勢いると聞いている。たいしたものだ。」
「いいえ、世の中のために何かしたい。そうしなければ、死んでいった者たちに叱られてしまいます。」

広沢は、自分の遠縁で、今は牧場を手伝っている青木栄二郎を「できる男」と紹介します。

「いずれは牧場の運営をまかせます。そのために新しい学問を学ばせたい。しかし青森では、なかなか。」
「書生として、こちらにおいていただけねえでしょうか。下働きでも、何でもいたします。」

と頭を下げる栄二郎。
満足な世話ができぬ、俺の学問もだいぶ古びてきた、と断ろうとする覚馬でしたが、八重が「ほんだら、同志社に入るのはどうです」と助け舟・・・を出しました。
今から入ってついていけるかどうか不安がる栄二郎に、

「さすけねえ。あんつぁまの手ほどきを受ければ、すぐに追いつけます。襄には私から頼んでみるから。」

と八重。覚馬も承諾しました。

「わかった。うちで引き受けよう。時栄、世話を頼む。」

久しぶりに襄の両親も登場しての、襄の体を気遣うと八重の微笑ましいやりとりがあって、襄は大学設立の資金集めのために旅立ちました。

覚馬を支えて八重とともに学校を訪れる栄二郎。
学校や学生たちの雰囲気に圧倒されます。

「襄が目指していんのは、東の東大、西の同志社と言われるぐらいの大学ですから。
会津の名に恥じないように、しっかりやってくなんしょ。」

「・・・はい。」

転校騒ぎは一段落したようですが、八重は、襄の留守中にこれ以上生徒を減らしたくない、何とか食い止めようと決意を新たにしますが、女学校の方では相変わらず外国人宣教師の教師と生徒の間のいざこざが絶えません。

あれもだめ、これもだめ、まるで尼寺のようだ、もっと自由に学問を学びたい、と生徒たち。
女学校にはない科目を、男子学校で習いたいと何遍も許可願いを書くも、スペルミスを指摘されて受け取ってもらえない。

「あれは嫌がらせたい、こうなったら授業放棄たい。」

自分が外国人教師たちに伝える、と生徒たちをなだめる八重。
何でも頭ごなしに禁じていては不満ばかりが残ります、とミス・スタークウェザーに談判しますが、寮の舎監室が密告の場になっている、舎監は生徒たちに甘すぎる、と反論されてしまいます。
その上、あなたや同志社の日本人教師たちが口を出すから、生徒たちが私たちのやり方に不満を持つのです、と。

「口を出すのは当たり前です。
みな、学校を良くしたいのですから。」

その言葉に到底納得したようには見えないミス・スタークウェザー。

前にも書きましたが、宣教師たちの授業や生活指導を具体的に描いていません。どんなものだったのでしょうか。

時栄を手伝う栄二郎。
家のことは気にないで、学問に精を出しておくれやす、と言う時栄に、暗い表情を見せます。

「どないしはったん。」

「田舎で、ちっと成績が良かったぐれえでは通用しません。
同志社は秀才ばかりだ。とても追いつけねえ。
期待していると言われるのも、気が重くなってきました。」

「そんなもったいないことをゆうたらあかんえ。
期待されるやなんて、ありがたいことや。
あきらめるのは、男のすることやない。しっかりしなはれ。
愚痴や泣き言は、うちがなんぼでも聞いてあげまっさかい、話して気いがすんだら、学業に励んでおくれやす。」

「はい。」

着物にかかった井戸の水を拭いてもらって、嬉しそうな栄二郎。
八重がちっとも栄二郎の世話をしないことを母に愚痴る久栄に、「八重さんは忙しいのや」と、栄二郎の着物を嬉しそうに縫う時栄。
久栄はそんな母を少し訝しげに見つめます。

先に送った手紙は早合点したものが誤って送った、当方無事、という襄の手紙を持って覚馬の元を訪れた八重。
先の手紙とは、と不安がる八重のところに、襄の父が外務省から届いた手紙を持ってきます。

それは倒れた襄がいったん死を覚悟した時に書いた遺言でした。
日付で、襄が無事なことを確認した覚馬たち。
でも、なぜ遺言なんて、と八重は手紙を読み始めます。

これを読む人は、我愛する祖国のために祈ってください。・・・・

「神の名の下に結ばれた、私の愛する妻に、二人の絆の証しとして。」

命を削って襄は戦っている、という八重に、難しい戦いだ、と覚馬。

「政府も世間も、時には身内の宣教師も敵にまわる。」
「世界中が敵でもかまわねえ。私は、一緒に戦う。
襄のライフは、私のライフだ。」

女学校では、言いつけに背き、勝手に男子校に行ったとして、幾人かの生徒たちが謹慎処分にあっていました。
謹慎を命じた宣教師に抗議をする八重。

「物理の実験を見学するためです。」
「許可してません。」
「私が許可しました。」
「何ですって。」

勝手なことを、と怒るミス・スタークウェザー。

「あなたは、何の権利があって、私たちの学校に口を出すのですか。」
「あたしたちの学校?同志社女学校の校長は、新島襄ですよ。」
「いいえ。あなたたちはずっと思い違いをしています。」

「私たちは、ミス・スタークウェザーこそ、本当の校長だと考えています。」と宣教師の同僚。
言葉を続けるミス・スタークウェザー。

「学校を作り、運営資金を出しているのは、伝導団体です。ミスター新島は、校長として雇われているにすぎません。」
「違う、女学校は襄が作ったのです。学校も生徒たちも、あなたたちのものではない。」
「そういうことなら、アメリカンボードは女学校から手を引くことになりますよ。」
「脅すのですか。襄の留守に、勝手なことはさせねえ。」
「この学校は、これまでのようですね。」

決定的な亀裂か・・・そこへ佐久が、生徒たちに間違いがあったら、それは舎監の私の落ち度だ、娘たちから学問の場を奪わないで欲しい、自分が舎監を辞めるので、どうかそれでおさめてくれ、と、仲裁に入りました。

これでなんとか収まったようです。

何も辞めることはないのに、という八重に、そろそろ年だし、と佐久。

「八重は、強く言い過ぎる。今、宣教師たちが引き上げたら、困んのはこっちだべ。
一歩引いても、学校を守るのが、八重の勤めだ。」

覚馬の下で勉学をする栄二郎ですが、時栄の存在が気になって、身が入りません。
時栄も、栄二郎の視線がまんざらでもない様子・・・

.

ということで、旅先で病いに倒れた襄の遺書と手紙が前後逆で届いたことから、ドラマも時間軸を前後させた、この大河にしては珍しい作りになっていました。

宣教師たちの本音が語られました。
資金を出している方がイニシアチブをとるのは当然、ということです。
しかし、実際に運営しているのは新島たち、日本人。
ドラマで描かれた宣教師たちの態度は確かに腹立たしいのですが、実際はどうだったのでしょうか。
明治初期、外国人たちの主導で作られた学校は多かったけれども、日本の学校制度が整うにつれ、淘汰されていったようです。

今回は栄二郎を演じた永瀬さんばかり見ていたので、あまり書くことがありません(^^;;
見ていたというか、見守っていたというか。

皆が皆、意思を貫いて大成するわけではない。
都会で周囲の期待に押しつぶされそうになっている青年、栄二郎。

ライダーの時から出来る人だと思っていたので、重要な役で登場したのは喜ばしい限り。
ここ最近、2号ライダー出身で活躍している人が少ないので、頑張って欲しいです。

そして、痛みを分かち合う会津の人々の中で、一人よそ者として暮らす時栄。
大物の夫はともかく、女性ながら会津の人々から大事に扱われる義妹とは、全く住む世界が違う。
その軋みが次回描かれるようです。

.

.

01 02 03 04、05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36、37 38 39 40 41 42 43

.

.

にほんブログ村 テレビブログへ    Q_2

2013年10月28日 (月)

八重の桜 第43回「鹿鳴館の華」

公式サイト

襄(オダギリジョー) は八重(綾瀬はるか)と共に、同志社大学の設立を陳情するため東京の勝海舟(生瀬勝久)のもとを訪ねた。
そして、2人はその帰りに山川家に立ち寄る。山川家には、旧薩摩藩士の陸軍中将・大山巌(反町隆史)が、長期留学から帰国したばかりの山川家の末娘・捨松(水原希子)を嫁にほしいと日参していた。旧薩摩藩士との結婚に怒りを抑えきれない長兄の浩(玉山鉄二)と、迷いを捨てきれない妹の捨松。その様子を見かねた八重は一計を案じるが…。(公式サイトより)
.
明治15年。
デービスから捨松帰国のニュースを聞く襄と八重。
襄は会津への旅以降、体の調子が良くないようです。
一方、帰国子女の捨松たち。受け入れてくれる職場がないばかりか。
「あなた方の留学は10年も前に、北海道開拓使が勝手に募ったもの。
娘を留学させたいものなどおらず、逆賊の東北諸藩や幕臣の子弟にお鉢がまわっただけだ。
女は嫁に行って、男子を産むことが国家への最上のご奉公と心得ろ。」
無責任で酷い言葉を投げかけられてしまいます。
会津から出てきた書生たちの世話や、会津の縁者への援助で、火の車の山川家を見て、早く働きたい、と焦る捨松。
「国費で留学した私に仕事をさせない文部省は、馬鹿です!」
健次郎は日本では率直な物言いは疎まれる、気をつけろ、とたしなめた上で、心配するな、俺が何とかする、と。
大阪鎮台に勤務していた浩が、戦争以来初めて・・・15年ぶりに八重たちの元を訪ねたのは、健次郎の示唆だったのですね。
そういうことでもなければ、浩は会いにいかなかった、行けなかった。
「ご家老として会津の苦難を最後まで背負われたご苦労、察するに・・・」
とねぎららおうとする覚馬を押しとどめる浩。
「覚馬さん、おやめください。俺は戦に敗れて、合わせる顔がなかったんですよ。」
それでも、また無事に会えた、と微笑む八重。
「旦那様、良かったですね。」
今までこういう場で時栄が言葉を発することもなかったので、唐突というか、妙に浮いて聞こえました。
そろそろ、別れが近い?
そこへ襄が訪れます。
初対面の浩と襄。
浩は、襄に捨松を同志社女学校の教師として雇って欲しい、と頼みます。
「洋楽を身につけ、会津の汚名を濯げと、まだ十二の妹に、重い荷物を背負わしました。
せめて職を見つけてやりたくて。」
「喜んでこちらからお願いします。」
即答する襄。
捨松とアメリカで会ったこと、その時に聡明なお嬢さんだと思ったこと。
「あの小さなお嬢さんが、アメリカで10年の苦労の末に学びとった学問は、宝です。」
「ありがとうごぜえます。」
初めて他人から妹を認めてもらったのかもしれません、嬉しそうな浩。
ま、ドラマでは”小さなお嬢さん”じゃなかったけれどね、とプチ突っ込み(^^;;
覚馬は浩に。尚之助が命を削って書き綴った「会津戦記」を渡します。
「川崎殿が・・・川崎殿には何ひとつ恩返しできぬまま・・・悔やんでも、悔やみきれません。」
「どうぞ、読んでやってくなんしょ。」
浩に学校を案内する八重。
女性が男子と同じ学問を学ぶことに、世も変わったものだ、と浩。
「昔は」浩。
「外で女と、言葉を交わしてはなりませぬ。」八重。
そして「ならぬことはならぬものです」と唱和する二人。
幼なじみの雰囲気がでていて、和みました。
「時の経つのは、早えもんです。」
「俺は時が経つのが怖え。」
人間の記憶は薄まっていくから。
俺は、俺だけは忘れてはなんねえのに。」
ここで、こけかけた浩を支える八重。わかりやすい前フリです(汗)
「会津の者は中央政府ではどこまで行っても日陰者。
健次郎や姉上、そして八重さんのように教育こそが、腕をふるえる道かもかもしれません。
人を育てるのは、国を育てることだ。」
「夫も同じことを言いませす。」
「八重さん、立派なご主人と結婚されて、本当に良かった。」
その後、陸軍省人事局への栄転が決まって東京に帰った浩ですが、突然の栄転をいぶかります・・・そこに、元薩摩藩で陸軍中将、大山巌が訪ねてきました。
捨松への結婚を申し込みにきたのです。
妻に死別、三人の子持ち・・・条件は良くないが、決して不自由はさせない、と言う大山に、栄転は妹を釣るためのエサか、と浩。
関係はない、という大山の言葉に耳を傾けず、妹を人質に出世するくらいなら、陸軍を辞職する、と去ろうします。
兄を引き止めた健次郎は求婚の理由を大山に尋ねました。
不平等条約の改正は日本政府の悲願。それには、日本が文明国だということ列強に認めさす必要がある。
「捨松さぁは、西洋ン流儀を身につけられ、才媛としてアメリカでも名高か。
故に、我が妻に最適ち・・・」
「妹を道具のように言うな。」
座り直した浩。
「お引き取りください。いくら大山閣下といえどもこの話、お受けできません。」
仇敵の上に、こんな理由の求婚では、浩が怒るのはもっともです。
「私はアクセサリー、ということですか。」
家では兄の手前話せないが、当事者が知らないのはフェアじゃない、と大山の求婚を健次郎から聞かされた捨松。
「気兼ねせずに胸の内を話せ。」という健次郎に
「日本のために働けるなら、大山のアクセサリーになります、喜んで。」と、捨て鉢気味の捨松。
「まあ、待て。そうやけになるな。一度お会いして、自分の目で見定めてみてはどうだ。」
ということで、襄と八重の元に山川兄弟の手紙が届きました。
浩からは就職をすぐに進めて欲しい、健次郎からは保留にして欲しい、という正反対の内容に戸惑う襄。
八重は、大山からの縁談が関係しているのでは、と。
「薩摩の大山は、地位に物を言わせて、捨松さんを会津からさらおうとしているんだ。
山川様は断るために、急いでいるにちげえねえ。
山川家は家老の家柄だ。釣り合うわけがねえべ。」
大山の話には佐久も憤慨しています。
「わだしが東京に行って話を聞いてくんべ。
襄は東京に行く用事はねえのか。」
「いやあ、大学設立の陳情に・・・」
「それだ!行きましょう!」
山川様を助けるのだよ、という佐久に「任せてくなんしょ」と八重。クッキーくわえてやる気満々です。
その頃、捨松は大山と会っていました。
アメリカでも日本でも私たちは外国人なのだ、と英語で呟く捨松に声をかける大山。
「外国との交渉に私が妻だと、都合がいいのでしょ?」
ずばり聞いてくる捨松に、さすが西洋人のように率直な話をされる、と大山。男の自分が本当のことが言えないのが恥ずかしい、と。
「実はー。」と顔を寄せて。
「何度か、パーティでお見かけしてから、美しかおはんのこつが、忘れられんが。」
驚いてワインをひっくり返す捨松。
「おはんは外国人などではありもはん。誇り高か会津のおなごでごわす。
おいが、薩摩ん人間じゃっとんが、気に障っとでごわんそ。じゃどん・・・」

「海外に出れば、同じ日本人です。」
捨松が大山の言葉を引き継ぎました。
大山に心惹かれた捨松。
しかし母、艶は大反対。
薩摩人であることはもちろん、家柄も違う。
「幼いお前を、捨てたつもりで捨松と名付けて、アメリカに渡らしたのは、こんなことのためではねえ。
会津の汚名を濯ぎ、国の礎となって欲しかったからです。
わかっておりやすな。」
そう言われては俯くしかない捨松。
さらに、尚之助の残した「会津戦記」を読み、涙している浩を見て、鶴ヶ城での攻防を思い出します。
「会いてえなあ。」
妻たち、亡くなった人々を思う浩。
上京した襄は、勝の元を訪れて援助を求めていました。
しかし、手渡された企画書もしくは陳情書を読まずに脇へおく勝。
「教育が大事なのは、政府も重々承知だ。だから、東京帝国大学ができた。」
「官立大学は、政府の意のままに人を育てる大学です。
それに対抗しうる、自立した私立大学が必要なのです。
そして、いつか、日本各地に大学ができるほどでなければ、この国は変わりません。
人民が愚かなままの方が、政府は国を操りやすい。」
「それは同感だな。だが、それはおとぎ話だ。
田舎に行ってごらん。小学校すら通えない子がそこらじゅうにいる。
おまえさんが言う、その高等教育で、この国を生まれ変わらせるには、何年かかる。」
「・・・二百年。あるいは三百年かかるかもしれません。
しかし、今、始めなければならないのです。」
「わかった。応援しようじゃないか。同志社大学の設立を。
十年とでもいい加減なことを言ったら、追い返すつもりだった。すまない。
新島さんの熱意を少し試して、無礼をした。
おお、八重さん、あんた男を見る目があるね。」
勝と八重って面識はなかったですよね?
まあ、勝なら気に入った人には初対面でも堅苦しい物の言い方はしないでしょうけれども。
宿に戻って。
勝が襄の力になってくれるかどうか冷や冷やしていた、という八重に、八重がいつ勝を怒鳴りとばすか冷や冷やしていた、と襄。
そこへ捨松が訪ねてきます。
久しぶりの邂逅を喜ぶ三人でしたが。
「わたしをこのまま、京都に連れて行ってください。今すぐ働きたいです。」
切羽詰まった捨松。襄に大山との縁談のことを聞かれて
「薩摩との縁談など、会津の者には迷惑です。兄が断っています。それでも大山様は毎日うちへきます。」
「しつけえ男だ。かわいそうに」と八重。
「捨松さんは、大山様に少しの好意もないのですか?」
と襄が尋ねると。
「好意なんて、とんでもない」と声を揃える八重と捨松、たじたじとなる襄(笑)。
セリフを唱和するのは二度目です。思いは全く違いますが。
薩摩、に拘る八重より、襄の方が捨松の気持ちを慮っていました。
捨松は八重に、どうして襄と結婚したのか、ズバリ尋ねます。
そんなこと、と言い淀む八重に、私も興味がある、と襄。
「それは・・・襄が言ってくれたから。ともに歩んでいこうと。
何がおきるかわかんねえ世の中だけんじょ、同じ時を生きてみてえと思った。
そしたら、いつのまにか襄の夢が、私の夢になって。」
「素敵ですね。私も二人のような結婚なら良かった。」
「必ず捨松さんにも良いパートナー見つかるから。結婚は自分で決めた人としっせ。」
八重たちを連れて家に戻った捨松。
大山がまた、訪れていました。
会津の戦い以来、初めて顔を会わす八重と大山。
「おはんがあの時の鉄砲撃ち。
見事打ち抜かれた。じゃどん、こん通り、傷は癒えもうした。」
捨松の結婚、薩摩と会津が恨みを乗り越えた、と民に示すためにも意義がある、と、大山。浩たちには捨松に惚れた、とは決して言わず、大義名分で攻めるから、浩もまた大義名分でやり返すわけで。
「それは戦に勝った者の手前勝手な理屈だ。」
「海の外に出たら、我らは同じ日本人でごわそ。」
「ここは日本です。」
「そげな狭か見識じゃ、日本は立ち行かん。」
「狭い?日本の政治は、薩長の狭い見識で決められているではねえですか。」
「そいが本音か。」
「事実を言ったまで。」
「こん国を一等国に引き上げるため、我らがどれだけ苦労しちょるか知らんくせに。黙っちょれ。」
「なーにを。会津を踏みにじって手にした苦労を、声高に叫ぶな。」
「お二人とも。これは捨松さんの縁談ではねえのですか。
理屈ばっかりでラチがあかねえなし。
腕相撲で決着をつけんべ。」
八重が割ってはいりました。
力づくはいけません、と襄(笑)
八重の勢いに押されて承知する捨松。
「大山様、捨松さんを本当に好いているんなら、勝負して奪ってみなんしょ。
私がお相手します。」
おなご相手に腕相撲などできない、という大山を、また私に負けるのが怖いのか、部下に命令してばっかりで体がなまっているのでは、と煽る八重。
思わず浩も止めますが、意外や健次郎が乗り気に。
「兄上、この勝負、薩摩の陸軍中将が、立場の弱い会津ものの家に、嫁取りにいくとは、まさに、おんな相手に腕相撲をとるようなもの。
今度こそ、会津は負けらんねえ。八重さんに託しましょう。」
うなずく捨松を見て、浩も承諾。
ジャッジを頼まれた襄。
「大山さん、後悔するかもしれませんよ。」
八重の怪力、どんだけ(笑)
さて、勝負が始まって、八重を応援する山川兄弟・・・浩、「撃て」って。
八重が優勢、あと一息、というところで
「大山様!」
捨松の鶴の一声。
捨松の本心を知った八重たち一同。
大山が勝ちます。
「捨松、おめえ。」と浩。
気まずい空気の中。
良い、勝負だった、かつて命がけで銃を撃ち合ったその腕で、腕相撲ができた、と襄。
「15年、誰にも等しく時は流れたのです。」
八重と大山を握手させました。
「また、負けるとこじゃった。」と大山。
「大の男が情けねえ。」折れた浩。
「戦は終わったの、山川。」
「この屋根の下では、兄上、と呼んでもらおうか。」
花嫁の父ならぬ、兄です。
「負け戦が嬉しいのは初めてです。」八重
場面かわって、東京帝国大学を訪れた伊藤。
教授たちを集めて、強力な国家に必要なのは官僚組織、憲法は骨組みにすぎん、という持論を展開、東京大学を有能な官僚の育成機関にしていただきたい、と、半ば命令します。
それに異を唱えた健次郎。
妹には日本では率直な物言いは疎まれる、気をつけろ、と言っていたのですが、慎んでいる場合じゃない。
「学問は国家によって左右されるものであっては断じてなりません。
大学は、政治から独立した、教育と研究の場です。」
山川と聞いて、また会津もんかと。
伊藤に目をつけられてしまいました。
結婚パーティで、大山と踊る捨松を眺めながら、兄上、山川家の出世頭は捨松かもしれない、と呟く健次郎。
京都では、徴兵令改正に憤る襄。
詳しくは次回以降で描かれるのでしょう。
.
久しぶりにセリフを書き出してしまいました。ふうう。
懐かしい人たちを多く登場させたオリジナルなエピが効果的に入っていました。
大山と捨松の縁談が、浩が相変わらず八重には弱い、という設定の元に描かれていたのが楽しかったです。
政府など公の動きを、ステレオタイプな政治の流れではなく、教育に的を絞って描いていたのも良かったです。
伊藤はすっかり悪役ですな。
捨松の話を聞いてうずうずしていしまう八重、八重のお転婆ぶりをおろおろと見守るも、部外者かつ宗教者らしい穏やかな物腰でその場をおさめる襄。
微笑ましかったです。
会津の敗戦を背負い続ける、一徹な家長、浩。縁談に反対していた艶は浩が説得したのでしょう。
そして、兄をたてながらも妹の想いを汲み取ろうとする、実は浩と同じく熱血な健次郎。
良い兄弟です。
尚之助のことは・・・覚馬に会うのに15年もの時が必要だった浩が、悔恨とともに「川崎先生」と呼んでいたことで、少しわだかまりがなくなりました。
尚之助の著書を読みつつ涙を流すシーンは回想シーンも控えめで、その分、浩の苦悩、悔恨が伝わってきました。
あの時の人たちは、もう、いない。
「会津戦記」は後に山川兄弟が著した「京都守護職始末」に繋がるのでしょう。
あと、山川家を訪ねてくる中将大山に、大佐である山川が高飛車なのは、プライベートだからなのかな〜?と思いつつ。
薩摩人ということもあるだろうし、家格が違うという意識もあったのでしょうか。

山川家はwikiの簡単な著述でもわかる通り、英才の血筋。
女性の職歴もちゃんと残っているのは、あの時代には珍しいことです。
大山と捨松さんは、世間の好奇な視線を受けながらもおしどり夫婦としてまっとうしたそうで、何よりです。
.
次回、久しぶりの松平容保が登場。
山本家に波風を立てる人物が仁藤・・・なんと永瀬匡さんなのね。
楽しみです。

.

.

01 02 03 04、05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36、37 38 39 40 41 42

.

.

にほんブログ村 テレビブログへ    Q_2

2013年10月20日 (日)

八重の桜 第42回「襄と行く会津」

公式サイト

襄(オダギリジョー)と八重(綾瀬はるか)は、新婚のみね(三根梓)と伊勢(黄川田将也)を連れ立って、会津への伝道旅行に出かける。みねを連れていくことにしたのは、生き別れたみねの母・うら(長谷川京子)に再会できるかもしれないという淡い期待があったからだ。
そして、八重たちはついに懐かしい故郷の土を踏みしめる。山本家が建っていた場所は長屋に変わっていたが、かすかに角場の遺構を見つけて思い出に浸る八重とみね。すると、そこへ懐かしい顔が現れ…。(公式サイトより)

.

「自由は死なず」。
教科書や参考書、歴史書などで、血に染まった衣服の写真とともに覚えています。今の教科書はどうなのでしょうか。
豪華な再現ドラマでした(大汗)。
.

八重が会津を14年ぶりに望むシーン、そして角場の痕跡見つけた時には思わずしみじみ。
※「かくば」を「角場」と書くことがやっとわかりました(汗)

お岩の溢れる感情にも思わずほろっとした後での、感情を押し殺したうらとの再会。
話の順序としてはそうなのなるのでしょうが・・・印象が薄くなってしまいした。
単独でみれば、良いシーンだったと思います。

覚馬がうらとの婚礼を回想に、ああ、あの頃はドラマとしても面白かったなあ、とため息。
時栄の複雑な心境を描くにも必要なシーンだったと思います。

でも八重の回想は長すぎました。ほとんど総集編ですやん。
思わずお岩と再会するところで最終回でも良かったじゃなかな、と呟いてしまいました。

もっと俳優さんの演技を信用するべきなのでは。
角場の跡を見つけてからの綾瀬さんの言葉と表情。それだけの方がヒロインの重みを感じれたと思うのですが。

うらとの再会はフィクションだそうです。
ですのでなおのこと、回想で尚之助が登場するたびに、八重との別れを中途半端に描いたことに対する不満が湧き出てしまいました。
何とも納得できない脚本です・・・あ、言っちゃった(大汗)

キリスト教布教に熱心な三組の夫婦。欧米のドラマならば、違う文化として、ああ、そういうものなのかなあ、と普通に見れるのですが。
信者の人たちには申し訳ないのですが、日本、というより自分の中に一神教の基盤がないので、何となく新興宗教っぽく見えてしまうのは否めません(汗)
しかし、八重を描くには避けては通れないこと。ある程度は覚悟はしていたのですが。

タクシーの運転手が絶対にしてはいけない三つのテーマは、政治、プロ野球、宗教なんだそうでして。
改めて、難しい人をヒロインにしたものだと、またまた、ため息。
.

いつもは多少なりともセリフを拾っているのですが。
回想シーンが多かったこともあり、今回の感想はこれにて。
戊辰戦争の頃までは必死になって拾っていたのになあ・・・(遠い目)

さて、捨松、11年間の留学からの帰国。
日本語を忘れてしまったようです。おおよそ小学校5年生から大学生までですから無理もありません。

次回は大山、捨松の出会い。
面白いドラマになって欲しいものです。

.

.

01 02 03 04、05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36、37 38 39 40 41

.

.

にほんブログ村 テレビブログへ    Q_2

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

#ドラマ:2009年第1クール | #ドラマ:2009年第2クール | #ドラマ:2009年第3クール | #ドラマ:2009年第4クール | #ドラマ:2010年第1クール | #ドラマ:2010年第2クール | #ドラマ:2010年第3クール | #ドラマ:2010年第4クール | #ドラマ:2011年第1クール | #ドラマ:2011年第2クール | #ドラマ:2011年第3クール | #ドラマ:2011年第4クール | #ドラマ:2012年第1クール | #ドラマ:2012年第2クール | #ドラマ:2012年第3クール | #ドラマ:2012年第4クール | #ドラマ:2013年第1クール | #ドラマ:2013年第2クール | #ドラマ:2013年第3クール | #ドラマ:2013年第4クール | #ドラマ:2014年第1クール | #ドラマ:2014年第2クール | #ドラマ:2014年第3クール | #ドラマ:2014年第4クール | #ドラマ:2015年第1クール | #ドラマ:2015年第2クール | #ドラマ:2015年第3クール | #ドラマ:2015年第4クール | #ドラマ:2016年第1クール | #ドラマ:2016年第2クール | #ドラマ:2016年第3クール | #ドラマ:2016年第4クール | #ドラマ:2017年第1クール | #ドラマ:SP | #ドラマ:雑感 | #今月のまとめ | *DVD・映画・観劇 あ行 | *DVD・映画・観劇 か行 | *DVD・映画・観劇 さ行 | *DVD・映画・観劇 た行 | *DVD・映画・観劇 な行 | *DVD・映画・観劇 は行 | *DVD・映画・観劇 ま行 | *DVD・映画・観劇 や行 | *DVD・映画・観劇 ら、わ行 | *DVD・映画・観劇 総合 | *DVD・映画・観劇 雑感 | *アガサ・クリスティー映像化作品 | @お笑いコンテスト | @テレビその他 | @今月の読書 | @山本さん | @身辺雑記 | ※Martha Speaks(アニメ) | ■おんな城主 直虎 | ■カルテット | ■仮面ライダーエグゼイド | ■精霊の守り人 | □11人もいる! | □37歳で医者になった僕~研修医純情物語 | □ATARU | □BORDER | □GTO | □JIN-仁- 完結編 | □Nのために | □PRICELESS~あるわけないだろ、んなもん!~  | □Woman | □あすなろ三三七拍子 | □おそろし―三島屋変調百物語 | □おやじの背中 | □くろねこルーシー | □それでも、生きていく | □ちゃんぽん食べたか | □とんび | □ぼんくら | □ぼんくら2 | □よろず占い処 陰陽屋へようこそ | □カエルの王女さま | □ゴーイング・マイ・ホーム | □スターマン~この星の恋~ | □ストロベリーナイト | □チーム・バチスタ3~アリアドネの弾丸 | □デカワンコ | □デート〜恋とはどんなものかしら〜 | □トッカン-特別国税徴収官- | □ドン・キホーテ | □ハガネの女 2 | □バーテンダー | □ビギナーズ! | □フェイク~京都美術事件絵巻 | □フリーター、家を買う。 | □マルモのおきて | □ラッキーセブン | □リバウンド | □リーガルハイ(2013) | □リーガル・ハイ | □ロング・グッドバイ | □冬のサクラ | □刑事フォイル | □医龍 Team Medical Dragon3 | □半沢直樹 | □南極大陸 | □問題のあるレストラン | □四十九日のレシピ | □坂の上の雲 | □塚原ト伝 | □外交官 黒田康作 | □夜のせんせい | □夜行観覧車 | □大河:軍師官兵衛 | □天皇の料理番 | □安堂ロイド~A.I. knows LOVE? 簡単感想 | □家政婦のミタ | □家族狩り | □専業主婦探偵~私はシャドウ | □小暮写眞館 | □幽やかな彼女 | □恋愛ニート~忘れた恋のはじめ方~ | □悪夢ちゃん | □新解釈日本史 | □新選組血風録 | □明日、ママがいない | □昨夜のカレー、明日のパン | □最後から二番目の恋 | □最高の離婚 | □朝ドラ:おひさま 不定期観測メモ | □朝ドラ:カーネーション・不定期観測メモ | □朝ドラ:ゲゲゲの女房 | □東野圭吾ミステリーシリーズ | □泣くな、はらちゃん | □流星ワゴン | □激流~わたしを憶えていますか?~ | □独身貴族 | □猫侍 | □獣医ドリトル | □破裂 簡単感想 | □神様の女房 | □結婚しない | □続・最後から二番目の恋 | □美咲ナンバーワン!! | □美女と男子 | □胡桃の部屋 | □薄桜記 | □重版出来! | □鍵のかかった部屋 | □陽はまた昇る | □陽炎の辻 | □霊能力者 小田霧響子の嘘 | □高校生レストラン | □黄金の豚-会計検査庁 特別調査課 | □Q10 | □SPEC~警視庁公安部公安第五課未詳事件特別対策係事件簿~ | □TAROの塔 | △大河:八重の桜 | △大河:平清盛 | △大河:江 | △大河:真田丸 | △大河:花燃ゆ | △大河:龍馬伝 | △特撮:仮面ライダーW | △特撮:仮面ライダーウィザード | △特撮:仮面ライダーオーズ/OOO | △特撮:仮面ライダーゴースト | △特撮:仮面ライダーディケイド | △特撮:仮面ライダードライブ | △特撮:仮面ライダーフォーゼ | △特撮:仮面ライダー鎧武 | △特撮:侍戦隊シンケンジャー | △特撮:動物戦隊ジュウオウジャー | △特撮:天装戦隊ゴセイジャー | △特撮:恐竜戦隊キョウリュウジャー | △特撮:手裏剣戦隊ニンニンジャー | △特撮:海賊戦隊ゴーカイジャー | △特撮:烈車戦隊トッキュウジャー | △特撮:特命戦隊ゴーバスターズ | ◇BOSS 2ndシーズン(リタイア) | ◇HUNTER~その女たち、賞金稼ぎ~(リタイア) | ◇たぶらかし~代行女優業・マキ~(リタイア) | ◇ザ・サマーレスキュー~天空の診療所(リタイア) | ◇ハングリー!(リタイア) | ◇ブルドクター(リタイア) | ◇最高の人生の終わり方~エンディングプランナー~(リタイア)  | ◇浪花少年探偵団(リタイア) | ◇謎解きはディナーのあとで(リタイア) | ◇遅咲きのヒマワリ~ボクの人生、リニューアル(リタイア) | ◇CONTROL 犯罪心理捜査(リタイア) | ◇LADY~最後の犯罪ファイル(リタイア) | ☆ロンドン旅行、再び | ☆初めてのロンドン旅行

作品一覧