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2015年4月 8日 (水)

2014年10月の読書 その1

サクサクメモっていきます。

○新読

月は誰のものー髪結い伊三次捕物余話 著:宇江佐 真理(文春文庫)
幸子さんと私ーある母娘の症例 著:中山 千夏(朝日文庫)
先生のお庭番 著:朝井 まかて(徳間文庫)

○再読 

天正十年夏ノ記 著:岳 宏一郎(講談社文庫)

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※読書順、敬称略です。

「月は誰のものー髪結い伊三次捕物余話」


江戸の大火で別れて暮らすことになった髪結いの伊三次と芸者のお文。仲の良い夫婦をめぐる騒動を夜空にかかる月が見守っている。伊三次の色恋沙汰、お文の父親のこと、八丁堀純情派に屈した無頼派のその後・・・。長女・お吉が誕生する頃の、語られることのなかった十年を描く傑作長編。大人気シリーズ、初の書き下ろし!(ブックカバーより)

シリーズ9作目「今日を刻む時計」は、8作目「我、言挙げす」で大火事にあって伊三次一家が家を焼け出された10年経過後のお話。
その10年間、伊三次たちがどんな暮らしをしてきたかを描いたのが、このシリーズ14作目です。

火事の後、やむを得ず家族離散となってしまった伊三次とお文一家。
臨月間近でもお座敷に出て日銭を稼がねばならないお文。
いつもと変わらず気丈には振る舞っているけれども、心細さは否めない。
そんなお文を支えてくれる周囲の人たち、そして偶然再会した生き別れの父の、粋な優しさ。
お文と生母の章は、夢かパラレルなのか判然としない設定で、結構シニカルな内容でしたけれども、本作の父との絆はしみじみと描かれていました。
この挿話だけでなく、全体的に以前より、作者の視線が優しくなっているように感じます。

伊三次が家族と離れて暮らす寂しさから、ある女性に淡い淡い気持ちを抱くというのも、ずっと恋女房、お文一筋の伊三次には初めての挿話で、しんみりと楽しめました。
中途で終わった感のある「無頼派」のその後を描いてくれていて、伊三次シリーズファンにはまことに嬉しい一冊です。

「天正十年夏ノ記」

天正年間―信長は天下統一をめざし将軍・義昭、武田信玄、上杉謙信、顕如上人らとの戦いに勝利を続ける。天皇をも凌ぐ神の座に就こうとする征服者との交渉役をつとめた正親町天皇の秘書官・勧修寺晴豊。この青年貴族の目を通して未曾有の動乱期をしたたかに生き抜いた天皇と公家たちを描く渾身の歴史小説。 (「BOOK」データベースより)」

作者、岳 宏一郎(たけこういちろう)は「多数の文献を参考に作り上げるために、寡作である。」(wikiより)。

本作は資料を駆使しての歴史小説であるとともに、語り部、勧修寺晴豊が、安土城の構造を探ることで、信長の野望の本質に迫っていく、という推理小説でもあります。

今は絶版のようですので、ネタばれを少し書きます。
「安土には神霊が宿っているのだ」「竹生島を浮かべた、ひたすら青い、神秘的な湖があった。まるで宇宙の箱庭であった」(解説より)
つまり、天皇の神性に対抗するために、新たな神性を持とうとした信長の、安土城は依り代である・・・そのことに気がつき、恐れ慄く勧修寺晴豊。

信長が始めて上洛した時から、終焉までのおおよそ15年を、文章の格も高く、リアリスティックかつ、お公家さんが主人公のためか、どこか雅に描かれています。
官位が変わるたびに呼び名が変わるお公家さんの名前って、やっぱり覚えにくい(汗
久しぶりに読みましたが、初読の時と変わらず、面白く読みました。

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「幸子さんと私ーある母娘の症例」

子役、女優、政治家までマルチに活躍した著者が、長年人生を共にした母・幸子さん。彼女に囚われ縛られてきた日々を整理し、分析しながら振り返るエッセイ。家族とは何かを考え直すための思索に満ち、母娘関係に悩む人にとってヒントともなる画期的な記録。  (「BOOK」データベースより)

「ある母娘の症例」よりも、著者、元女優及びタレントの中山千夏氏に興味があって購読しました。
中山千夏、と言えば「ひょっこりひょうたん島」の博士や「じゃりん子チエ」のチエちゃんなので。

本作は母を「幸子さん」としか呼ばない、著者が、亡き母へ思いを整理することを目的として書かれた作品です。
ご本人があとがきに書かれていますが、本作を書いていくうちに、怒りや反発は浄化されていったのでしょう、思ったより生々しくありませんでした。
憎しみや葛藤と同じくらいの愛情がはしばしに感じられるほどです。
でもそれは、もう亡くなってしまったからであって、同じ空気を吸っていたら、このように客観的には書けなかったかもしれません。

著者は名子役でしたが、幸子さんは所謂ステージママではありませんでした。
しかし、自分の望む"娘像”は確固たるものがあったようです。そこには自分の母、すなわち幸子さんの母(著者にとっては祖母)との関係の影響も大きかった、というのが、祖母の生い立ちまで調べた上での、著者の推測です。
やがて、幸子さんから押し付けられた"娘像"から飛び出して自分の世界(主に政治活動)を求めはじめる著者。
しかし、幸子さんは、自分の理解不能な世界に娘が旅立つことが許せなかったのです。女優及びタレントの娘の収入が一家を支えていたためもあります。

本人が認めているように、著者がかなりお金にルーズだったこともあり、別居した後は、お金にまつわるトラブルが母娘の葛藤の要因となっていました。
著者のルーズさが半端ないので、はっきり言って、こういう娘を持ったら、幸子さんも大変だっただろうな、と思っちゃいました。
でも、娘はそれで喰うに困ったわけではなく、何より自分が稼いだお金を自分の好きなように使っているわけですし、幸子さんもそれなりの生活を維持しているのですから、自己責任、と放ってしまえばいいのですが、それができなかった。
そして娘の方も、幸子さんを切り捨てられなかったのです。

母と娘。著者は経済的に自立しているから、まだましだったと思いました。それゆえの問題は起こりましたけれども。
精神的葛藤にお金が絡むなると、重いです。

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「先生のお庭番」

出島に薬草園を造りたい。依頼を受けた長崎の植木商「京屋」の職人たちは、異国の雰囲気に怖じ気づき、十五歳の熊吉を行かせた。依頼主は阿蘭陀から来た医師しぼると先生。医術を日本に伝えるため自前で薬草を用意する先生に魅せられた熊吉は、失敗を繰り返しながらも園丁として成長していく。「草花を母国へ運びたい」先生の意志に熊吉は知恵をしぼるが、思わぬ事件に巻き込まれていく。 (「BOOK」データベースより)

熊吉が崇拝するシーボルトは、美しく、賢く、気位が高くて時に気難しくはあっても、挙措振る舞いも、他の偉人と比べても立派な人です。初めて出会った西洋文化が、シーボルトからもたらされたことは、熊吉にとって幸運でした。
恐らく、シーボルトの弟子たちも熊吉と同じように崇拝したのでしょう。

しかし熊吉は、園丁という仕事を通じて、次第にシーボルトの、東洋の小国への蔑視も多少ふくまれているかもしれない、西洋の考え方に違和感を覚えるようになります。しかし、熊吉はそういう思いに封印して、ひたすらシーボルトのために尽くすのです。
シーボルトが本当は何を感じていたかは、描かれていません。植物を採集がごとく、日本人の習慣や風俗を採取していた一面はあったように思わす部分はありました。
しかし、それは一面であって、人間はもっと多面的なのです。
熊吉を通じて、シーボルト像が浮かび上がってくる作品でした。

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