2012年4月の読書 その1
乱読気味な月でした。
※読書順、敬称略です。
○読書<新読>
アンのゆりかごー村岡花子の生涯 著:村岡 恵理(新潮文庫)
隣之怪~蔵の中 著:木原 浩勝(角川文庫)
黒沢明という時代 著:小林 信彦(文春文庫)
丘の一族 著:小林 信彦(講談社文芸文庫)
東州しゃらくさし 著:松井 今朝子(幻冬舎文庫)
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「アンのゆりかごー村岡花子の生涯」
戦争へと向かう不穏な時勢に、翻訳家・村岡花子は、カナダ人宣教師から友情の証として一冊の本を贈られる。後年『赤毛のアン』のタイトルで世代を超えて愛されることになる名作と花子の運命的な出会いであった。多くの人に明日への希望がわく物語を届けたいー。その想いを胸に、空襲のときは風呂敷に原書と原稿を包んで逃げた。情熱に満ちた生涯を孫娘が描く、心温まる評伝。(「BOOK」データベースより)
自分たちの時代は、「赤毛のアン」、そしてモンゴメリー、と言えば村岡花子氏でした。「小公子」「小公女」は、後から氏の訳だと知りました。
著者は村岡花子氏の孫です。
幼い時に家族と別れてカナダ系女学校で寄宿生活をおくったこと。
慎ましやかな反面、全てをなげうって、愛を貫いたこと。
関東大震災の悲劇。
ステップファミリーを築いたこと。
教師であったモンゴメリーの生涯と重なる部分もありました。
氏にこのような経験があったからこそ、「赤毛のアン」が訳され、出版に至ることができたのだ、ということが、移り変わる時代の雰囲気とともによく伝わってくる、面白い伝記でした。
微妙な部分は残された手紙を掲載するのみで、推測を読者に委ねる手法は、効果的であるとともに、キリスト教を貫いた村岡氏のお身内である著者の慎ましやかな配慮を感じました。
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「隣之怪~蔵の中」
小学校の夏休み、父の実家の蔵からは、夜になると宴会の声が聞こえた。しかしその晩、大人たちは早く寝たという。翌日の夜、楽しそうな声に誘われて蔵の扉を開けたところ…。蔵にまつわる恐ろしくも哀しい話(「蔵の中」)。自宅で娘の遺書を発見した妻が倒れた。暖かい部屋にいるのに、恐ろしいほど体温が下がっている。そして妻の口から驚きの言葉が…(「白い息」)。恐怖と感動が絶妙にブレンドされた、怪談シリーズ第2弾。(「BOOK」データベースより)
「新・耳袋」シリーズとは一線をかくし、因縁話を解禁したシリーズの第二弾の文庫本化作品です。
う~ん。因縁の部分がちょっとくどかったです。(大汗)
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「黒沢明という時代」
世界のクロサワ”の全作品を、戦時中からリアルタイムで見続けてきた著者が描く、名監督の栄光と挫折、喜びと苦悩。そこには、時代と格闘した映画作家としての黒澤明がいた―。『姿三四郎』『生きる』『七人の侍』から晩年の作品まで、最もストイックでヴィヴィッドな視線を投げかける、小林信彦の黒澤論。 (「BOOK」データベースより)
頑強な巨体に恵まれたこの監督は、<しみじみと老いを描く>ことに向かない気がする。(本文より)
クロサワ、というすでに多くの人によって語られている人物の評論を、氏が、多くの時間をさいて書き上げたのは、リアルタイムで見続けた人間の記録として残しておきたい、という思いもあったから・・・
氏の、東京の「下町」にこだわる想いに連なる作品です。
「自分の舌しか信用しない」(本書「あとがきに代えて」のタイトル)
裏付けをとった証言しか採用しないこと、そして自分が経験したこと、思ったことしか書かないという、氏のポリシーを貫いた評論です。当たり前のことのようですが、そうでない「評論」は多いと思うのです。
鋭い洞察と的確で平易な文章。
推論を重ねて砂上の楼閣を作り上げること忌み嫌う姿勢。
氏の評論家としての天賦の才を存分に感じることのできる作品を、また一つ読むことができました。
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「丘の一族」
『オヨヨ島の冒険』に始まる笑いと諷刺の作品群、『冬の神話』に刻まれる小林信彦の原点、多彩な作品は著者の鋭い批評精神に支えられ、独得の世界を構築する。敗戦直後の日常を、東京下町に生れ育った中学生の“眼”をとおし捉えた「八月の視野」、戦前の下町の風情を彷佛させる遊び人・清さんを主人公に描く「みずすましの街」、ほかに表題作及び「家の旗」。著者自選。傑作中篇小説四篇。 (「BOOK」データベースより)
昭和30年代のはじめ、就職難の時代に大学を卒業した青年の屈折した思いを描いた表題作、「丘の一族」は短篇集「決壊」(講談社文芸文庫)に収められている「息をひそめて」と表裏一体をなす作品です。
「家の旗」は自分の代で手放した老舗に対する思いが、「八月の視野」は集団疎開での過酷な経験によって痛めつけられた少年の心が描かれています。
いずれも、作者の経験から生まれた一連の作品群と連なるものです。
一番創作らしい構成なのは「八月の視野」でしょうか。
以上三作品は自分の中にある空洞を見つめるような暗さが漂うのですが、ラストの「みずすましの街」だけは少し色合いが違い、飄々とした後味が残りました。
時代の流れや大人の都合に翻弄されて傷ついているばかりではなく、一方で映画や舞台、特に人並み外れて笑いに敏感な小林少年の姿が、ほのかに見えるような作品です。
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「東州しゃらくさし」
江戸へ下ると決めた上方の人気戯作者・並木五兵衛。一足先に行って様子を報せてほしい──。頼まれた彦三は、蔦屋重三郎の元に身を寄せる。彦三に自らを描かせた蔦屋は、顔の癖を容赦なくとらえた絵に息を呑む。彦三の絵を大きく仕掛ける肚を決めた蔦屋。一方、彦三からろくな報せのないまま江戸へ向かった五兵衛には、思わぬ挫折が待っていた──。(カバーより)
実在の歌舞伎狂言の立作者、初代 並木五瓶(1747?1808)と、謎の浮世絵師としてあまりにも有名な東洲斎写楽(活躍期:寛政六~七年)を絡ませ、当時の歌舞伎の興行の有り様を生き生きと描いた作品です。
どんな人物が写楽だったのか、という謎をテーマした作品やドラマは何作か読んだり見たりしてます。その中でも本作は無理がないように思いました。
まず、上方歌舞伎の作家、並木五瓶が江戸に下ったのが寛政六年(1793)、というところに目をつけたことのがうまいというか、すごいです。
ですので、当時の風俗描写の巧さも相まって、ある人物が「写楽」になる過程がスムーズに納得できました。ひょっとしたら本当にそういうこともあったかもしれない、と。
役者を含めて、実在の人々が多数登場するので、先月読んだ「悲劇の名門 團十郎十二代」と首っ引きで読みました。
歌舞伎に造詣が深い著者ならではの作品で、読み応えがあり、面白かったです。
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