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2012年2月18日 (土)

2012年1月の読書 その1

もう、2月も中旬(汗)。遅くなっちゃいました。

※読書順、敬称略です。

○読書<新読>   

一族再会 著:江藤 淳(講談社文芸文庫)
大阪文学名作選 編:富岡 多恵子(講談社文芸文庫)
北の海 著:井上 靖(新潮文庫)

○読書<再読> 

しろばんば 著:井上 靖(新潮文庫)
夏草冬涛 (上) 著:井上 靖(新潮文庫)
夏草冬涛 (下) 著:井上 靖(新潮文庫)

以下、読んだ順です。緑色のタイトルが新読、茶色のタイトルが再読です。

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「一族再会」

一族の生き方を言葉の世界に招集する名篇。早く死に別れた生母を思い求めることに始まり、一族の生き方を、時代・社会・歴史とのかかわりにおいて把え言葉の高い緊張の世界を構築した江藤淳の感動の名篇! (amazonより)

著者の作品は初めて読みました。
著者については、夏目漱石の研究で有名、歴史や海軍関係の著書も多数、雅子妃の縁者。そして論客として何だかちょっと怖い人・・・というくらいの知識しかありません。

「(前略)私が、生きているのはなぜだろうか。この問題はもちろん簡単には答えられない。しかしおそらく私は、自分から剥落していった行ったものを言葉の世界に換び集めようとして生きているように思われる。」(本文より)

著者から剥落していったものとは、幼くして死に別れた母の記憶、母の姑、祖母の若き日の姿、そして生まれる前に亡くなった曽祖父、祖父の生き様。
彼ら、自分の一族を「言葉の世界」に招集してみようと試みた、一部自伝を含んだ一族の歴史です。

「父方、母方の父祖にそれぞれ提督を持つ」(後書き参照)ことは初めて知りました。
血の繋がりはありませんが、雅子妃の曽祖父、山屋他人を含めると、そうそうたる海軍一族です。

祖父、江頭安太郎の若き日を描いた日清戦争の海戦を描いたパートには「私」は登場せず、ドキュメントな小説になっていますが、それ以外は「私」を通じて、一族の歴史を探りつつ、考察しつつ描いています。特に母に纏わる部分と、母方の祖父の生まれた地を尋ねる最終章の後半は、著者の魂が彷徨するがごとくで、印象に残りました。

1999年7月21日、鎌倉市西御門の自宅浴室で剃刀を用い、手首を切って自殺、66歳没。妻の葬儀のあとのことで、自身も脳梗塞の後遺症に悩んでいた。ライフワークであった『漱石とその時代』は、数回を残し未完に終わった。妻の闘病生活を綴った『妻と私』を残し、続く『幼年時代』も未完に終わった。(wikipediaより)

本書を読み終わった後、この記事を読んで、粛然としました。

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「大阪文学名作選」

西鶴、近松から脈々と連なる大阪文学は、ユーモアの陰に鋭い批評性を秘め、色と欲に翻弄される愛しき人の世をリアルに描く。川端康成「十六歳の日記」、折口信夫「身毒丸」、宇野浩二「子の来歴」、武田麟太郎「井原西鶴」、織田作之助「木の都」、庄野潤三「相客」、河野多惠子「みち潮」、野坂昭如「浣腸とマリア」、小野十三郎「大阪」(抄)、山崎豊子「船場狂い」、阪田寛夫「わが町」(抄)の名品十一。 (amazonより)

宇野浩二、武田麟太郎、織田作之助など名前は知っていても作品を読んだことのない作家の作品が編纂されているのに惹かれて購入しました。

落語のまくらのように戦前の大阪の街をスケッチした、阪田寛夫「わが町」(抄)、悲しくもそこはかとないユーモア漂う、庄野潤三の「相客」、昭和前期のモダニズムを哀感を持って描いた、河野多惠子の「みち潮」、ミステリーのような味わいがある、宇野浩二の「子の来歴」、筆圧を感じる、武田麟太郎の「井原西鶴」。
船場の人間になりたいという執念に囚われた女性を、粘着質でありながら醒めた文体で描いた、山崎豊子の「船場狂い」。
大阪は上町台地を巡る記憶を描いた、織田作之助の「木の都」。なんというドラマがあるわけではないのですが、世界に引き込まれました。
祖父の最期を記録した、川端康成の「十六歳の日記」は、一部、先月再読した巌谷大四「懐かしき文士たち」に引用されていました。

などなど。個性と力のある作品ばかりで、日本語の奥深さを感じました。
それぞれの作家の作品を個々にもっと読んでみたい、と思わしてくれる、アンソロジーです。

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「しろばんば」

曾祖父の妾だったおぬい婆さんに育てられる洪作。本家の人々、離れて暮らす両親など複雑な人間関係のなかで、大人たちそれぞれの思惑を受けとめながら、それに翻弄されないような人生の知恵を、洪作は子どもなりに身につけていく―。幼い日の魂の成長を投影した、井上靖の自伝的小説。(amaaonより)

「大阪文学名作選」を読んで、少し前の日本語で書かれた小説が読みたくなり、中学生くらいに読んだ本書を何十年かぶりに再読しました。
他の作品でも良かったのですが、SFとかミステリーなどトリッキーな話ではなくて、時代を感じさせるもので、読んだ後に落ち込まないもの、ということで、何となくセレクトしました。

日本文学名作百選、というようなイベントやランク付には必ず入っている作品です。
映画も見た記憶があります。さき子叔母が亡くなった小説では前半にあたる部分で終わっていたと思います。←検索をかけて調べたら、あっていました。

何分にもかなり以前読んだので、海あり山あり、温泉地にも恵まれた伊豆が舞台、という記憶が先行してしまい、何となく明るい印象が残っていたのですが、今回読み直して、洪作の性格がかなり複雑なこと、その洪作の目を通して描かれる風景、人間関係すべてにほの暗い影が漂っていることに気がつきました。

この作品では、洪作の、主に5才くらいから12才までが描かれています。
感じやすくて、頑固で、容易に人を信じようとはしないがために人見知りな上に、頭が良くてプライドが高いのに、劣等感も持っている、まあ、可愛げのない子供です。
親戚にこんな子がいたら、さぞかし扱いに困ったろうなぁ。
しかし、それが故か、"洪作"のどこかに、鬱屈した自分を見、共感というより洪作になりきって読み進めるのかもしれません。

そんな感想とともに。
限りなく平明な文章かつ最低限必要な表現で、洪作の複雑な心のひだと、彼の見た風景が目に浮かぶように描かれていることに、思わず襟を正す思いがしました。

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「夏草冬涛 」(上下)

両親と離れて暮す洪作が友達や上級生との友情の中で明るく成長する青春の姿を体験をもとに描く、『しろばんば』につづく自伝的長編。(新潮社HPより)

「しろばんば」を読み終わった後、洪作のその後が知りたくて、続けて読んだのですが、内容はほとんど忘れてしまっていました。ですので、新鮮な気持ちで読めました。

中学に進んだ当時は学年でもトップクラスだったのに、浜松から沼津に転校したのち、両親という重石がないせいもあって、勉強をする、という努力を全くしなかったために、すっかり劣等生になってしまう洪作。
可愛げがないのは相変わらずで、劣等生になってしまってからは、ますます人の言うことを素直に聞かなくなってしまいます。

上記HPに書かれてある内容説明「明るく成長する」というのは、あまり当てはまらないと思います。基本的に、洪作は、洪作のままですから。
彼を取り巻く友人たちも、それぞれどことなく暗い影を持っています。
一方で、文学に親しむ高等遊民的な"不良"の先輩たちとの触れ合いは、憧れを持って描かれているので、明るいかもしれません。
大正から昭和にかけての、中等学校の雰囲気ってこんな感じだったのかなぁ、と想像しつつ読むのは楽しかったです。

「しろばんば」が、祖母を亡くした洪作が卒業と同時に湯ヶ島を旅立つ、という劇的な終わり方をしているのに比べると、描かれている期間が中学三年生から四年生の1年間、と短いこともあり、悩める中学生のまま、これからどうなるの?というところで終わってしまうので、ちょっと物足りないかもしれません。

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「北の海」(上下)

幼少期から祖母に預けられ、家庭の雰囲気というものを知らずに育った洪作は、高校受験に失敗し、ひとり沼津で過ごす。両親がいる台北に行くべきだという周囲の意見をかわし、暇つぶしに母校へ柔道の練習に通ううちに、「練習量がすべてを決定する柔道」という四高柔道部員の言葉に魅了され、まだ入学もしていない金沢へ向かう。―『しろばんば』『夏草冬涛』につづく自伝的長編。 (amazonより)

「夏草冬涛」の続編ですが、落ちこぼれの友人たちがいなくる一方、高等遊民的な先輩たちが級友になっているなど、耕作の友人たちの設定が微妙に変わっています。

浪人しても少しも焦ることのない、相変わらずな耕作は、周りの人々だけでなく、読者をも、いらいらやきもきさせます。と、ともに、本気で人のことを心配し、叱り続けるには、なんとエネルギーのいることか、とも。皆、親と離れてくらす耕作のことを心配するも、所詮は他の子、あれこれ言うだけ。その中で、中学の化学の教師、宇田のみが、最後まで、真剣に耕作のことを心配し、行動を起こします。最初は飄々と接しているも、徐々に本気になっていく宇田と、その気持ちを少し暑苦しく感じる耕作の気持ちの動きがスリリングでした。

また、柔道の練習試合のシーンは、柔道のことなど全く知らない自分でも目に浮ぶがごとく、克明、的確かつスリリングな描写で、思わず引き込まれました。
解説にも書かれていましたが、視覚的な描写が素晴らしいです。

この作品も、浪人時代の1年間、という短い期間しか描かれていませんが、最期は旅立ちで〆られていますので、三部作を読み終わった、という満足感は得られました。

「夏草冬涛」もそうでしたが、なんらショキングな事件が起こるわけでもなく、普通の青年の1年間の日常のみを描いていての、文庫の新装刊では上下巻となる長編ですが、耕作の、影はあれども、基本的に健全な心の揺れに一喜一憂し、全く厭きることがありませんでした。

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