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2012年1月14日 (土)

2011年12月の読書 その1

文壇史関係が多かったです。
これが、実によく眠れる(汗)。
ですので、今月も多くは読めませんでした。

※読書順、敬称略です。

○読書<再読> 

懐かしき文士たち~大正篇 著:巌谷大四(文春文庫)
懐かしき文士たち~昭和篇 著:巌谷大四(文春文庫)
懐かしき文士たち~戦後篇 著:巌谷大四(文春文庫)
物語女流文壇史 著:巌谷大四(文春文庫)

買ったのは大分前。時々読み返しています。いずれも絶版になっているようです。

尾崎紅葉らの同人として作家生活をスタートしたのち、創作のみならず、アンデルセンを初めて日本に紹介した、児童文学のパイオニアと言われる巌谷小波氏の子息であり、鎌倉文庫などの編集者として作家たちと交流があった著者だからこそ書けたエッセイ風文壇史。
文献を集めただけでなく、父や自身が遭遇したエピソードが豊富です。裏返すと著者もしくは著者の父が親しく接した作家に偏っている、とも言えるかもしれません。しかし、だからでしょうか、客観的に書かれてはいますが、取り上げた人たちに対する視線に体温が感じられる作品。

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「懐かしき文士たち~大正篇」(1976)
"偉大なる明治"と"激動の昭和"の狭間大正。著者はこの「不遇の時代」の文士と文学に光を当てた。
第一部は明治天皇と乃木大将殉死に対する作家の反応から始まり、漱石の死を経て第二部へ続く。
花開いた大正文壇の成果を様々に綴りつつ、第三部は芥川龍之介の死で幕を引く。大正の挽歌であった。(裏書より抜粋)

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「懐かしき文士たち~昭和篇」(1978)
昭和の文壇史を、著者は昭和二年の芥川龍之介の自殺から書き始める。あたかも芥川の死が、昭和恐慌の前奏曲とでもいうかのように・・・・。
不況から戦争への道を歩んだ激動の昭和という時代に、文士たちはいかに身を処したか。
二・二六事件を経て開戦、空襲から終戦に至るその歩みを豊富なエピソードで描く。解説 吉行淳之介(裏書より)

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「懐かしき文士たち~戦後篇」(1980)
昭和二十年八月十五日、天皇の玉音放送によって戦争は終結。「戦後」が始まった。
二十一歳の三島由紀夫が颯爽と登場し、新風を吹きこむ一方、文豪幸田露伴が八十一歳の生涯を閉じた。
『近代文学』の創刊、芥川賞、直木賞の復活、チャタレイ裁判、川端康成のノーベル賞受賞等、戦後の文壇を彩った作家と文学の全貌。(裏書より

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「物語女流文壇史」 (1977)
樋口一葉と「萩の舎」、与謝野晶子と「明星」、平塚らいてうと「青鞜」など、近代文学創草期の女流たちと彼女らの拠った団体や雑誌との関係から説き起こし、田村俊子、林芙美子らを経て、戦後の曽野綾子、有吉佐和子、瀬戸内晴美らへと至る女流文壇史のすべて。
明治大正昭和三代にわたる女流作家達の苦難の軌跡から今日の繁栄を展望する。(裏書より)

前三作が、事件、出来事を中心に、その時々の各文士たちの動向をスケッチ風にとりあげていたのとは違い、作家ごとに生い立ちから作家を目指すに至った経緯、そして創作活動、亡くなった人はその死までを、簡潔にまとめています。
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全四作。文壇史という堅苦しさはなく、風俗史としても面白く、世に認められない文士たちが移り住んだ、当時の街の路地裏の音、匂い、風景がオムニバス風に、引用された文献と淡々とした記述から伝わってきて、切なくなります。度々読み返すのは恐らくそのためかと。

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大正、戦前の文士たちの履歴って、文士だからでしょうけれども、それでも今では考えられないほどはちゃめちゃ。
みんなが貧乏だった、ということもあるでしょうし、今のように就学年齢や学制が厳密ではなかったためもあると思います。貧乏なら貧乏なりに働いてお金が貯まると学校に行く。そういうことを普通のこととして受け入れる社会を含めて、フリーダムなのが羨ましく感じました。

また、成功者となった人々が故郷の後輩たちを、経済的にも精神的にも実によく面倒を見ています。今では壊れてしまった伝統的な互助システムです。
世話をされる方は一種のしがらみに囚われるわけですが、彼らはあまり気にしない(笑)。自分に合わない学校はどんどんやめていったりしています。

それでも才能を認められたり、可愛げがあったりする人は見捨てられないんですね。先輩の方もかなり太っ腹な人が多い、というか、そういう人に人望が集り、いっそう多くの後輩たちが頼っていったのでしょう。

世話を焼く人、焼かれる人。うまが合う、合わない、というのもかなり需要なファクターだったでしょう。

また、友人たちも面倒見がいい。文士を含め、多くの人々が同業の友人のために金策やら就職斡旋やらで走り回っています。

こうしてみると、やはり昭和前期まではかなり人間関係が濃厚だったように思います。

自分は濃厚な人間関係は苦手、保つだけのパワーもないので、行き倒れてしまう側だろうなぁ。でも友人たちには随分助けられているので、彼らに何かあれば駆けつけたいけれども。お金もコネもない自分が何かの役に立つのだろうか・・・・なんてことを考えた、その昔を思い出すとともに、ついに孤独のうちに倒れた人々を含めて、彼、彼女たちの生き様が以前と同じく、いや、さらにひしひしとせまってきました。

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