カーネーション・不定期観測メモ 第9週「いつも思う」
自分のための備忘録としてメモしてます。
○昭和12年9月、勘助(尾上寛之)に赤紙が来て、糸子(尾野真千子)らは盛大な壮行会を催して送りだす。
○昭和14年、二番目の子どもを妊娠中
○昭和15年、いよいよ統制が厳しくなる中、販売禁止の金糸が織り込まれた布を抱えて困っていた問屋から大量に買い上げて洋服を作る
○昭和16年夏、勘助が戻ってくる
以上、年表風に公式から抜き出してみました。
赤紙をもらってショックな勘助。名誉なことやん、と、当時なら当たり前の言葉で励まそうとする糸子ですが。
「名誉なんかいらん、工場よりきつい。殴られる。弾に当たったら死ぬんやで」
鉄拳制裁と称するリンチの凄まじさは、体験者の方のお話を読むたびにぞっとします。
おまけに弾に当たって死ぬなんて・・・。
工場の指導が辞めてしまうほど辛かった勘助にとって軍隊なんて論外でしょう。
勘助や泰蔵の父、玉枝の夫のことがはじめて明かされました。
戦地で赤痢で亡くなったんですね。
日露戦争に行ったことのあるお父ちゃんたちは「弾なんてあたらん、あたらん。そんなにしょっちゅう戦争しているわけやない。」
それより腹に気をつけろ、と。ヘンもん食うな。お前は食い意地がはっているから、と冗談をまぜながら元気づけます・・・そう言わざるおえない男たち。
しかし、玉枝の表情は硬いです。
皆は帰ってきたのに、自分の夫だけは帰ってこなかった。
この頃まではまだ跡継ぎに対する徴兵猶予があったのかな、長男の泰蔵はまだ出征していません。
出征の朝、バンザイを譲り合う男たち。
みんな、本当は「バンザイ」なんて言えることじゃないことを知っているのだけれども、言わなくてはならない、そんな時代です。
強張った顔つきで皆の見送りを受ける勘助。そんな勘助の姿を覗き見て、「見てられへん、あわれで」と走り去る幼馴染のサテンの兄ちゃん。
糸子はというと、戦争のことなど何もわからないので、はじめは世間と同じようにめでたいこと、と深く考えずにいましたが、次第に不安を覚えていきます。
そして、洋服が"贅沢品"として規制の対象になると憤りまくる。
仕事熱心な、ごく普通の女性です。
神戸の松坂家の経営する紡績工場も、綺麗な生地を作れなくなり、軍関係の衣料製品を作る事に。
泣いて嫌がるお祖母ちゃん。家つき娘だったんですね。これもはじめて知りました。
で、お話は、難産の末に生まれた次女、直子のお転婆ぶりに難儀する糸子夫婦へ。
次々とボロボロにさせられる子守り。
急ぎの仕事をこなすために、ついに、勝の実家を継いでいる、弟夫妻にあずけることにします。
勝の弟と話をしての糸子の感想が容赦ないです。
どうして勝さんが跡継ぎの座を弟に譲ったか。どこからどうみても兄ちゃんより上等で跡取りに相応しい・・・って。とほほやなぁ。
この冷静な観察眼が糸子の個性であり、デザイナーとしての才能なのですが。
でも、こんなふうに妻から思われていることを本人が知ったら、どんな気持ちだろう。これからの勝の運命を思うと、余計にとほほ、です(涙)。
どんなに手のかかる子でも、いやだからこそ気にかかる。
完全にお祖父ちゃん子で、歌舞伎たらなんたら、蝶よ花よと可愛がられている、長女、優子をみると、余計に一人よそへあずけざるおえない直子が不憫に思えるのかもしれません。
なんやかんやあって。
仕事が一段落して、やっと直子を迎えに行くことができた糸子と勝。
「人の親になるっちゅうんは、なんや、どっかあわれなことなんやな。」
うーん。こんなことを言ってはなんですが、朝ドラらしからぬ(汗)、余韻の残るすごいセリフです。しばらく耳に残って、噛み砕くのに時間がいりました。
人の親になるのは、あわれなこと・・・
年をとった親の背中を見て感じることの裏返しなのかもしれません。
春太郎は今や上方歌舞伎を背負って立つ役者になったようです。
戦地から戻ってきた勘助の様子が一変してて・・・つづく。
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