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2011年10月14日 (金)

2011年9月の読書 その3

※敬称略です。

○読書<新読>   

日本橋バビロン 著:小林信彦(文春文庫)

○読書<再読> 

和菓子屋の息子ーある自伝的試み 著:小林信彦(新潮文庫)
東京少年 著:小林信彦(新潮文庫)

以下、読んだ順です。緑色のタイトルが新読、茶色のタイトルが再読です。

作品が発表された順番は「和菓子屋の息子ーある自伝的試み」(1996)、「東京少年」(2005)、「日本橋バビロン」(2007)。

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「日本橋バビロン」

  

著者の本は、中原弓彦名義で書かれた「日本の喜劇人」が初読です。その後加筆され、本名の「小林信彦」で出版された文庫版も持っています。
古川ロッパ氏や榎本健一氏、クレイジー・キャッツなどなど、煌めくスターたちのことを教えてくれた、自分にとってはモミュメントな作品です。
氏のお笑いに対する姿勢には、深く影響されました。
その後、お笑い関連の著書は書店で目に止まれば、必ず購読していました。(流行りものが好きではないので、「オヨヨシリーズ」などの小説は未読のままです。)

幼い頃から映画だけでなくレビュー、歌舞伎などの舞台に親しんできた著者の生い立ちが知りたくて、後述する「和菓子屋の息子ーある自伝的試み」を読んだことがあり、今、また興味を惹かれて購読しました。

日本橋は老舗の和菓子屋、立花屋の跡取り息子として生まれたにも関わらず、商売に向いてなかった父の姿が、失われた下町の歴史とともに描かれています。

小説というより、ノンフィクション的。それは、氏が「私小説というものは、ぼくの理解する限りでは、もっとどろどろしたものだ。そういう形で<血を流す>といった作業は、ぼくの好むところではない」からです。

そういう意味では、先月読んだ佐藤愛子氏の「血脈」は、まさしく私小説なのかもしれません。

しかし「和菓子屋の息子ーある自伝的試み」では、作品としてのバランス上切り捨てられた、やり手だった祖父の出自などのエピソードが綴られており、特に父の最期と立花屋の終焉に関わる事柄はより具体的かつ冷徹に書かれています。
何より、これも後述する「東京少年」との連動を意識して描かれているのが、一番の違いでしょう。

下町をみつめる視線にも、諦観が増し、懐かしい気持ちよりも、消しきれない苦い記憶のウエイトが増えているように感じました。
自分の人生を懐かしさで甘くしてしまえない、氏の眼差しが印象に残りました。

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「和菓子屋の息子ーある自伝的試み」

「日本橋バビロン」と同じ動機で、文庫版を発売当時に購入したのを、改めて読み返しました。氏の自伝的な著書としては、こちらの方が10年あまり先に出版されています。

この作品が品切れというか絶版?になっていることは知りませんでした。
「日本橋バビロン」と重なる部分が多いからかもしれません。

日本橋は老舗の和菓子屋の跡取り息子として生まれた、生粋の江戸っ子である氏が語る「下町情緒」とは。

関東大震災で一旦壊滅した後、復活したものの、東京大空襲で再び灰燼と帰し、東京オリンピックの都市開発で息の根を絶たれた「下町」の戦前の姿を、自分の家族の生活ぶりを交えて綴られています。

カバー及び挿絵は氏のご令弟である小林泰彦氏。

照れ屋で、目立つことが嫌いな著者が自伝めいた作品を書いたのは、今、書いておかないと、著者が育ったリアルな下町を記録してあるものがなくなってしまう、と言う遺言めいた思いから。
「江戸文化を支えていたのは言葉なのだから。」
言葉ほど儚いものはない。
そして今、下町を描いた映像に必ず使われる「べらんめえ口調」について「商人はあんな言葉は使わない」などなど。
そこに生まれて育った人だからこそ抱くのであろう、作られた「下町幻想」に対する嫌悪感が綴られています。

カルチャアそのものを描くことに重きを置いていて、他二作よりエッセイの要素が強い作品です。助走、といったところでしょうか。
「立花屋」については、あまり興味はないだろうから、ということでチラ見せに終わっているのが消化不良でした。
人間というのは、自分に危害が及ばない限り、他人の生活を覗きたがるものなのだから、ましてや「自伝的試み」ならばもっと書いてくれないと、突っ込んだことを覚えています。
その分、スマートではあります。これが、著者の中にある「江戸っ子」なのかなぁ、とも思ったものです。

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「東京少年」

「和菓子屋の息子ーある自伝的試み」の続き、という意識なく購読したのを、今回は氏の「自伝的小説」の一部だとはっきり意識して読み返しました。

前述二作ではバランスを取るために描かれなかった、氏の小学6年生から高校1年生まで続いた疎開生活が中心に描かれています。
疎開生活を小説として再構成した「冬の神話」(1966)は未読です。

疎開先での苛め、そして和菓子屋の後を継いだ氏の父の戦中戦後の頼りなげな姿と、一家を支える母の苦闘など、両親の葛藤が描かれており、三作の中では一番「血を流して」いる作品かもしれません。

特に戦中、戦後の氏"父"の姿は「日本橋バビロン」「和菓子屋の息子ーある自伝的試み」で描かれた、繊細で洗練されたモダンボーイぶりとの落差に、惻々たる思いを抱きました。前述二作の中で「江戸っ子気質」を分析しているのですが、それはこの"父"のことを分析していたのかもしれません。

「日本橋バビロン」の作者による後書きに、絶賛している「楡家の人々」についての
「あの大長編の中に、斉藤茂吉と作者の葛藤を持ち込んだら、小説がこわれてしまう」
という言葉、そして
「切ることも、作家の仕事の一つである」
という言葉を忠実に実行している作品群です。

多くの記録を残した、母方の祖父のことを描いた新刊「流される」(2011)は未読です。

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