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2011年9月 8日 (木)

2011年8月の読書 その2

※読書順、敬称略です。

○読書<再読> 

高台にある家 著:水村 節子(ハルキ文庫)
私小説ーfrom left to right  著:水村 美苗(新潮文庫、ちくま文庫)
本格小説(上下) 著:水村 美苗(新潮文庫)

以下、読んだ順です。

 

「高台にある家」

2000年に発表された単行本は絶版。この文庫版も品切れ中・・・というかもしかしたら絶版になってしまうかもしれない作品。

水村美苗氏の御母堂が書かれた自伝的小説です。

幼いころほんの一時預けられた、横浜にある裕福で西洋風な伯母の家。そのような家の娘であったらと願う少女は、神戸、大阪の裏長屋で無教養丸出しの年老いた母と不釣り合いな若い父のもとに育つ。様々な異父兄姉の登場を通して、霧が晴れるように分っていくのは母の複雑な過去と自分が庶子であるという事実。やがてくる父との別れ、残された母を連れての上京、そしてあこがれの伯母の家での思いもよらぬ青春。さらに戦争……。(amazonより)

というカバーのコピーに惹かれて、作者はもちろん、水村美苗氏のことも何も知らずに買いました。

ミステリではないのですが、優れてミステリなストーリーです。
昭和初期の横浜、神戸、そして大阪は下町の様子が目に浮かぶように描かれているだけでなく、登場する人々のキャラが個性的でぐいぐい引き込まれました。

娘である水村美苗氏の書いた後書きを読んで、70歳を超えて初めて書かれた小説だと知り、びっくりしたものです。本当は、自分が小説にしたかった、とも書かれてあります。
編集者としてかなり美苗氏が力を注いだことも、うかがい知れます。

話は、戦争が終わって、さぁ、これからどうなるんだろう、というところで終わっています。
後書きに、80歳を迎えて続編を書いている、と書かれてあったので、楽しみにしていました。

なぜなら、作品内の端々で主人公であり作者である水村節子氏が歩んだその後人生が波乱万丈であることを匂わしていましたし、なにより作中で描かれた作者の境遇と、本作のカバーに書かれた作者略歴「1921年、神戸生まれ。(中略) 二度目の結婚のあと渡米し、二十年間ニューヨークに住む。1982年帰国」との間にギャップがありすぎて、作品のラストから渡米に至るまでのおおよそ10数年間にどんなことがあったのか、非常に興味が湧いたからです。

しかし、作者自身の作品として続編は発表されないままです。

何度読んでも面白い、このまま絶版になってしまうのは、実にもったいない作品です。

 

「私小説ーfrom left to right」

※自分が持っているのは新潮文庫版です。

「高台のある家」の主人公がその後どうなったのかが知りたくて、後書きを書かれていた方が小説家であることを思い出し、横書きで書かれた特異な本作を購入しました。

「美苗」は12歳で渡米し滞在20年目を迎えた大学院生。アメリカに溶け込めず、漱石や一葉など日本近代文学を読み耽りつつ育ったが、現代の日本にも違和感を覚え帰国をためらい続けてきた。雪のある日、ニューヨークの片隅で生きる彫刻家の姉と、英語・日本語まじりの長電話が始まる。異国に生きる姉妹の孤独を通じて浮き彫りになるものとは…。本邦初、横書きbilingual小説の試み。 (amazonより)

雪の日の「美苗」の1日を、回想を交えて、思いつくまま書いた、という体裁をとっています。
日本の明治以降の文学を牽引した「私小説」という形式を意識的に使っています。

姉、奈苗や、アメリカ人との会話は英語で書かれてあるので、最初は読みにくかったです。
しかし次第に、東洋人であることを折に触れて思い知らされ、屈折し、だからこそ日本文化にプライドを持ち続ける一方、「英語の国」で英語をうまく操れないことの孤独が、そくそくと伝わってきました。
うまく操れない、というのは、英語で小説を書けるかどうか、というレベルのことです。

英語で小説を書かなければ世界に通用しない、しかし、「美苗」は日本語で小説を書くことに拘ります。
そして日本人の母国語に対する無頓着さ、ひいては文化を含めて、母国のというものに対する概念の希薄さが、アメリカ人には理解できないことを知っていく過程が痛みをともなって描かれてます。

作者の母、すなわち「高台のある家」の主人公のその後が、断片的にではありますが、語られています。

 

「本格小説」(上下)

「嵐が丘」の設定を日本を舞台に展開させることを意図した、上記「私小説」とは実に対照的にドラマチックな展開の作品です。

導入部に「作者」が登場し、まず「私小説」のその後が、姉、母、父を含めて描かれており、「私小説」でも描かれた「作者」の少女時代が、ニューヨークに移り住んだばかりの若き日の父母の姿を含め、「小説」的に再構築されています。
留学や駐在員が珍しかった時代、「私小説」で描かれた「美苗」そのまま、屈折した思いを抱いていた「作者」はともかく、一種のエリート意識を持ち、きらきらしていた一家が年を経てばらばらになるまでを描いた後、偶然ではなく出会った青年が語った体験談に天啓を受けて、青年の視点で書くという形で「作者」が小説を書き始める。ここまでが「本格小説の始まる前の長い長い話」です。

しかし主人公はこの「偶然ではなく出会った」青年ではなく、青年が出会った謎の男性です。

この男性が歩んだ人生を、男性の知り合いである中年女性が語るのを青年が聞く、という形で、ようやく物語は始まるのです。プロローグでは青年は語り部であり、本編では中年女性の話の聞き手になるわけです。

その後、「作者」はもうほとんど登場しませんが、青年の生きている時間と、主人公の歩む人生は交互に描かれます。
かなり複雑な構成です。

この作品だけ読んだ人はひょっとしたら、大掛かりなメロドラマ、としか感じないかもしれません。
しかし「高台にある家」「私小説」を読み終えてから読むと、いや、ぜひ読んでから、本作を読んで欲しいです。

「本格小説」は「作者」が主人公ではありませんが、作者の母や祖母の送った時代や人生がプロットとして巧みに取り入れられています。作者の計画的な作品作りにも納得できます。
三部作、と見ることもできるかもしれません。

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「私小説」「本格小説」。
「高台にある家」のその後を知りたい、という一心で、夢中になって読みました。

寡作な人ですが、つい最近、新聞小説「母の遺産」を完結されたそうで、上梓されるのが待ち遠しいです。

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