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2011年2月 5日 (土)

2011年1月の読書

正月休みと月末に集中して読みました。時代物が多かったかも。

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※読書順、敬称略です。緑色のタイトルが新読、茶色のタイトルが再読です。

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○<新読>

幕末あどれさん 著:松井今朝子(PHP文庫)
深尾くれない  著:宇江佐真里(新潮文庫)
今朝の春―みをつくし料理帖 著:高田郁(ハルキ文庫)
雷の季節の終わりに  著:恒川光太郎(角川ホラー文庫)

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○<再読>

銀座開化おもかげ草紙  著:松井今朝子(新潮文庫)
果ての花火―銀座開花おもかげ草紙 著:松井今朝子(新潮文庫)
渋沢家三代 著:佐野眞一(文春文庫)
幕末下級武士のリストラ戦記 著:安藤優一郎(文春文庫)
影の車 著:松本清張(中公文庫)
或る「小倉日記」伝 著:松本清張(新潮文庫)

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「幕末あどれさん」


あどれさん、とはフランス語で青春期の男(女)子(adolescent)という意味だそうです。
明治初期の青年群像を描いた「銀座開化おもかげ草紙」シリーズの第一作。
直参旗本の次男坊にとして生まれた、シリーズの主人公、久保田宗八郎の生い立ちから、幕末維新の荒波に巻き込まれるまでをじっくりと描いていします。
この作品があっての「銀座開化おもかげ草紙」シリーズなので、本当はここから読み始めるべきなのでしょうが、先に「銀座開化おもかげ草紙」と「果ての花火―銀座開化おもかげ草紙」を読んでしまったうっかりものです。(汗)

嘉永6年(1853)、10才の時に黒船来航を経験し、文久3年(1863)、20才の時に武士を捨てて芝居の立作家、河竹新七(後の河竹黙阿弥)に弟子入りする宗八郎は、人と群れるのを好まず、幼い頃に一心不乱に打ち込んだ剣以外は何事にも深入りできない、醒めた青年です。
剣を捨て、武士を捨てるほど魅了された芝居の世界にも浸りきれず、傍観者にしかなれない自分にもどかしさを感じつつも、かといって他に進むべき道も見つけられない。
彼と対照的な存在として同じく旗本とはいえ、親の代に無役となって没落してしまった家に生まれた片瀬源ノ介の生き様が途中から平行して描かれています。

架空の人物と実在の人物および事件、そして作者の歌舞伎や江戸風俗への深い造詣が渾然と溶け合っていて、思わず一気に読んでしまいました。
旗本と御家人の違いや、幕末の芝居小屋の運営の仕組みが具体的に描かれていて興味深かったです。

「銀座開化おもかげ草紙」シリーズの宗八郎のキャラの原点、何故世捨て人のように生きているのかが、わかりました。

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「銀座開化おもかげ草紙」「果ての花火―銀座開化おもかげ草紙」


「幕末あどれさん」を読んで、思わず再読しました。
初読の感想は以前(2010年9月の読書)に書いています。

「幕末あどれさん」は主人公、久保田宗八郎の生き様そのものを描いていましたが、この二作は宗八郎というキャラを生かした事件帖。なので、「あどれさん」の番外編、といった趣きもあり、多少軽めです。多少、ですが。明治、という新しい時代を迎えた高揚感よりも、時代の変化に対応できない人々を描いているので、基調はペシミズムです。
明治の世を舞台とした推理物というのは「山田風太郎氏以来、あまりない分野」だそうで、面白さを再確認しました。山田氏は未読ですので、そのうち読んでみようと思いました。

完結編「西南の嵐―銀座開化おもかげ草紙 」は文庫になったら買うつもりです。値段うんぬんより、ハードカバーは重いので、寝転がって読むのが辛いんです。(汗)

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「渋沢家三代」

おもかげ草紙シリーズがちょっと暗かったので、同じ時期、幕末明治を幕臣(宗八郎は幕臣ではありませんでしたが)として迎えながら、大成功した人物の話が読みたくなって、再読しました。

「渋沢財閥」を文字通り身一つで作り上げた渋沢栄一の名は、明治、大正期の本を読んでいると実によく見かけます。財界だけでなく、文化・芸術方面にも計り知れない影響力があった人物のようです。
しかし、「財閥」とは名ばかりで、他の財閥のように株式を一族で独占することがなかったため、彼の立ち上げた数々の会社は系列化されることはなく、戦中戦後に解体された後、解散した、とのこと。

この巨人と一族の膨大な資料を駆使し、新書という制約内に収まるようにコンパクトにまとめつつも、ダイジェストに陥らず、彼らの生き様をくっきりと浮かび上がらせている、「良い新書」のお手本のような作品。
こういう本はいつまでも手元に置いておきたいです。

「幕末下級武士のリストラ戦記」


これも「幕末あどれさん」関係で再読しました。
同じく幕臣が激動の時代をいかに生きたか、を山本政恒という人物の自伝を通じて描いたノンフィクションです。
こちらは実に苦心惨憺して家族を守りきった、御目見得以下の御家人のお話。
渋沢栄一のように大成功したわけでもなく、特別な業績を残したわけでもない、ごくごく普通の人です。
しかしこの普通さを保ち続けた、強靭で前向きかつ堅実な精神力が胸を打ちます。

幕臣だったため、「武士の家計簿」の一家よりさらに辛酸をなめています。
自給自足はもちろん、お金がないので大工仕事の類も全部自分でやらねばならない。器用な人だったらしく、全部そこそここなしてしまうのが、微笑ましく感じられました。本人がそれを楽しんでいるようなかろみが感じられるからでしょう。
規律正しい生活を保ち続けながら日記をつけ、釣りやきのこ狩りなどのアウトドアを楽しみ、わずかなつまみで晩酌を嗜む。
様々な不幸にも会いますが、同時にささやかな幸せも感じれる心の豊かさ。
百数十年前の日本はこのような人々によって支えられていたのでしょう。

こちらも資料をうまくまとめてあって、大河小説を読んだような満足感が得られる作品です。

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「影の車」


何故か清張さんを再読。

言わずと知れた、氏の代表的短編集の一つ。幾度となく読み返しています。
もう、今更何を書くこともない傑作ぞろいですが、中でも好きな作品を幾つか挙げておきます。

「潜在的光景」の主人公の心理は形を変えて様々な小説に使われています。
「典雅な姉弟」のトリックは通信手段が劇的に変化した今ではもう使えないものですが、昭和30年代半ばの東京は山の手の風俗描写が好きです。
「薄化粧の男」のトリックは動機も含め、斬新でした。
「田舎医師」は「典雅な姉弟」とは対照的な山奥が舞台。新雪を踏み込んだ時にする、ギシギシという音が聞こえてくるような作品。

一番好きなのは「鉢植を買う女」。ドラマ化もされていると思います。

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「或る「小倉日記」伝」


すっかり清張モードになったので、続いて再読。

芥川賞を受賞した作者の出世作「或る「小倉日記」伝」をはじめとした初期の作品で構成された短編集です。
推理小説として書かれた作品はありませんが、いずれの作品も心理的なミステリーに満ち溢れています。
作者が生涯に渡って描き続けた世界の元が詰まっています。後ほど推理小説に形を整えた、と思われる作品もいくつかあります。

「或る「小倉日記」伝」、「菊枕」。他にも同じテーマの作品がいくつかありますが、この二作が自分の中では飛びぬけて印象的でした。
「喪失」は生活観がヒリヒリと迫る中の侘しさと切なさ・・・思わず泣いてしまう作品。

一番好きなのは「青のある断層」です。この中では、というか清張さんの小説の中でも珍しいテイストの作品ではないでしょうか。清張さんらしくない作品とも言えるかもしれません。

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「深尾くれない」


鳥取藩士であり、雖井蛙流を起こした実在の剣客、深尾角馬を題材にした長編小説。
凄絶な人生を歩んだ深尾角馬を、彼の気持ちに寄り添って、コンプレックスの塊でありながらも純真無垢な求道者、として描いています。
でも、それにも関わらず、やっぱり凄く恐い人だな~、と思ってしまった。いくら斬捨て御免の時代とは言え、尋常じゃない、というか。

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「今朝の春―みをつくし料理帖」


みをつくしシリーズの最新刊です。
天満一兆堂の若旦那を探す以外に澪に新たな目標が生まれる本作は、シリーズとして腰が据わってきたというか、一作目の細やかさが戻ってきたと同時に、作者のレギュラーたちに対する愛情が深まったように感じました。
澪の目標は見果てぬ夢になってしまうのかどうか。先は長そうですが、その分シリーズも続きそうなのは嬉しい。早く続きが読みたいです。

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「雷の季節の終わりに」


現世から隠れて存在する異世界・穏(おん)で暮らすみなしごの少年・賢也。穏には、春夏秋冬のほかにもうひとつ、雷季と呼ばれる季節があった――。『夜市』で鮮烈なデビューを飾った著者による、初の長編小説。 (amazonより)

「夜市」でも描かれた空間の歪みや異次元の住人たちの世界がさらに細かく構築されています。
その一方善悪がはっきりしたバイオレンス風味の冒険ファンタジーでもあるので、前作の絹糸を紡いだような繊細な感触は薄まっているかもしれません。
特に後半は対決モノのテイストが強すぎて、ゲームを見ているように感じました。悪役キャラの設定も面白かったのですが、理詰めすぎたような気がしました。いや、幻想的な設定ではあるのですが、アニメチックというか、存在を把握できるんです。前作で描かれたような、文字だからこそ表現できる曖昧な存在や世界の方が逆に「生きることの切なさ」を感じれたかもしれません。これは好みですね。

構成も凝っていて、作者がストーリーテラーでもあることはよくわかる作品。

読後、一番印象に残ったのは隠れ里「穏」の描写でした。

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