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2009年3月29日 (日)

ルードウィヒ・神々の黄昏

1973年公開(ウィキペディア参照)
1980年完全版公開
※ヴィスコンティの当初の意図に限りなく近いとされる版
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1864年、18歳でバイエルン王に即位したルートヴィヒ。やがて年上の従姉、エリザベートに惹かれていく。また、この王は政治や軍事より芸術で、とくにワーグナーを援助した。そんな王の行動は、しだいに常軌を逸してくる…。
19世紀のドイツに実在したルートヴィヒ2世の一代記である。王でさえなければ芸術好きの変わり者として平凡な一生を送れたであろう、ルートヴィヒの悲劇を描く。(amazonより抜粋)
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数々の逸話がある、と一言では語れない、まさしく神話的作品です。

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この作品及び監督、ルキーノ・ヴィスコンティについての薀蓄は書けません。申し訳ありませんが別のサイトもしくはブログなどを検索して調べてくださいませ(爆)。

ヴィスコンティの作品は「若者のすべて」と「山猫」「地獄に落ちた勇者ども」を観ました。

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「若者のすべて」は南イタリアから北イタリアに移住した貧しい家族を描いた映画で、ヒリヒリした描写と主役を演じたアラン・ドロンからにじみでる孤独感が深く印象に残っています。
この人は、若い時ですが、役柄も含めてチンピラ的な二枚目なんだけど、男前っぷりが尋常じゃなかった。あまりに男前すぎるために孤独だったのではないか、と思ったりしたぐらいオコトマエでした。

このアラン・ドロンと婚約までしたのですが、結局結婚にはいたらなかったのが、本作品でエリザベート(シシィ)を演じているロミー・シュナイダーです。
ご本人がええとこのお嬢様です。
若き日のシシィを演じたこともあり、また、自身のあまり幸せとは見えない人生も含めて、今でも「エリザベート皇后を演じられるのは彼女しかいない」というオールド・ファンが多いそうです。
彼女が亡くなった時、アラン・ドロンが駆けつけたetc.なんていうエピソードもあったような。

あれ、話が逸れた(爆)。
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この「ルードウィヒ(完全版)」はずっと気になっていたのですが、長い(4時間弱)のと鑑賞するのにエネルギーが要りそうなのとで、二の足を踏んでいましたが、思い切って借りました。

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エリザベート皇后の伝記は読んだことがあるのですが、彼女の従弟である「狂王」ルートヴィヒ2世については逸話を目にしたことがあっても、本格的な伝記は未読です。
しかし、彼の年代順の肖像は見たことがあります。
ルートヴィヒ2世役のヘルムート・バーガーはその変化をほとんど忠実に再現しています。外貌だけでなく。
というか、実際のルートヴィヒ2世も映画に描かれたようであった、と思わせる説得力が並みではありません。
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ルートヴィヒ2世は今でいうと、あまり景気の良くない老舗の中小企業を世襲で次いだ毛並みのいい社長、なのに本業ほったらかしで趣味に没頭し、会社のお金も使い込んでしまった、究極のオタク、といったことろでしょう。
こんな社長を戴いた社員はたまったもんじゃありません。

当時、議会はあるといえども帝政だし、今よりもっと貧富の差が激しかった時代に、王族の果たす義務からひたすら逃げて趣味に浪費を重ねる。
しかも精神的に安定を欠ける人物なんて、普通なら共感を覚えられない、全く理解不能な人物です。

なのに、映画に描かれた彼の生き様に引き込まれてしまいました。

「王族に生まれた故の苦しみ、孤独感」を忠実に描いただけではこれほどのエネルギーを持った作品にはならなかったと思います。
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本作品で描かれているルートヴィヒ2世に抱いた感想を思いついたまま挙げていくと・・・

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他者との距離を保つためには手段を選ばない。
その他者の気持ちを思いやることはない。
学習する場がなかっただけなのか、それとも元々欠けているのか。
人の気持ちを慮ることはないが、評判を気にし、保身に長けた小心者。
暴力的ではないが、勇気もない。
真の芸術の理解者で自らも芸術家であると振舞っているが、実は才能がないことを自覚している屈折したコンプレックスを抱いたパトロン。
同性への嗜好が宗教的にタブーであるため懺悔の気持ちは抱くが、我慢はしない。
「負」の方向に向かう思考の持ち主。

王族として育てられた環境のための無神経さと我儘なのは際立ちますが、通説のような精神を病んだ人というより、懐が狭くて神経質で臆病な普通の人間のようにも見えます。

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こうしてみると、随分と冷酷かつ生々しく歴史上の人物を描いているようですが、こういった欠点だらけの王をエレガントかつ丹念に描くことで観客を置き去りにしないばかりか、数々の城を建てた「狂王」というイメージを損なっていません。

もちろんヴィスコンティですので、耽美な世界を再現することに溺れることなく、歴史の重みも描いています。

以下、素晴らしいと感じたことを挙げてみました。
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数多くあるエピソードの取捨選択のセンス。
音楽さえ流れない、全くの沈黙のシーンが多いこと。
感情の描写が直接的でないこと。
夜のシーンが多く、暗闇を表現するための照明が美しいこと。

ほとんど冬のシーンであること。生命力の欠如を感じさせます。
ロケに登場する遺跡が美しくも悲しげなこと。
緻密な計算と膨大な時間及びお金が掛かっている贅沢感が感じられるカットの数々。

そして配役。

本作品では脇役であるエリザベートの登場シーンは当然多くはありませんが、エリザベートのことを知らない人にも、そしてオーストリア皇后という立場がどんなものか分からなくでも、何となく彼女の特異な性格と存在感は理解できると思います。
馬を操る登場のシーン、そして従弟の作った城を訪ね歩くシーンは印象的でした。

しかし何といってもヘルムート・バーガーですね。
映像上におけるヴィスコンティの分身。

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この重厚な作品の分析には脚本からはじまり、カメラワーク、編集など、使われた技法がいかに素晴らしいか、というような専門的なことが重要なのでしょうが、それは自分にはわかりません。
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しかしどんな技法を駆使しても、ヴィスコンティという天才作家の血肉が通っていなければ、巨大な伽藍にしかならなかったでしょう。

ルートヴィヒ2世が城を作り続けたように映画を作り続けた作家。
王よりずっと才能と生きるエネルギーに恵まれた人。

この大作を自分の意思と感性で満たし、かつ溢れさせてしまった。
そのエネルギーに畏怖を抱かせる作品です。

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以上、長々と頑張ってみましたが、結局、この映画のどこに感銘を受けたのか、とっちらかってしまって、ポイントを絞れませんでした。

このような大作の感想を書くのは百年早い、と感じました。←この一文だけで事足りたかもしれない(苦笑)。

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